元ファーストレディが著者ならではの体験に基づいて言語化した、不安との付き合い方―ミシェル・オバマ『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』鴻巣 友季子による書評
米国副大統領のハリスも、若き詩人アマンダ・ゴーマンもオマージュを捧げる著者の『心に、光を。』は、不安との付き合い方を語るエンパワメントあふれるエッセイ集だ。 緊張やストレスに呑みこまれないようにするコツはなかなか言葉にできない。『心に、光を。』をひらけば、大国のファーストレディを八年間務めた著者が、不安がどこから来て、どう対処すべきかを、体験に基づいて言語化してくれている。 著者は苦境と不安に対する知恵を祖父母や父母から受け継いだのだ。祖父は父母方とも悪名高いジム・クロウ法(人種隔離法)下の南部からシカゴの街に移ってきた。父はミシェルが幼い頃に発症した病気が悪化し、だんだん身体が不自由になっていった。一家は白人の多い居住区において、いつも異質な存在だった。 そうしたなか、父母はつねに理論的にものごとを説明してくれ、平等や正義をめぐる問題についても説いてくれたという。本書の核心には、光とともに闇がある。それらが鬩(せめ)ぎあう中で生き抜いてきた著者だからこそ持てる真実みと言えるだろう。 [書き手] 鴻巣 友季子 翻訳家。訳書にエミリー・ブロンテ『嵐が丘』、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ1-5巻』(以上新潮文庫)、ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』(河出書房新社 世界文学全集2-1)、J.M.クッツェー『恥辱』(ハヤカワepi文庫)、『イエスの幼子時代』『遅い男』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』『誓願』(以上早川書房)『獄中シェイクスピア劇団』(集英社)、T.H.クック『緋色の記憶』(文春文庫)、ほか多数。文芸評論家、エッセイストとしても活躍し、『カーヴの隅の本棚』(文藝春秋)『熟成する物語たち』(新潮社)『明治大正 翻訳ワンダーランド』(新潮新書)『本の森 翻訳の泉』(作品社)『本の寄り道』(河出書房新社)『全身翻訳家』(ちくま文庫)『翻訳教室 はじめの一歩』(ちくまプリマー新書)『孕むことば』(中公文庫)『翻訳問答』シリーズ(左右社)、『謎とき『風と共に去りぬ』: 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮社)など、多数の著書がある。 [書籍情報]『心に、光を。 不確実な時代を生き抜く』 著者:ミシェル・オバマ / 翻訳:山田 文 / 出版社:KADOKAWA / 発売日:2023年09月26日 / ISBN:4041137209 毎日新聞 2023年10月28日掲載
鴻巣 友季子
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