『虎に翼』伊藤沙莉に訪れた“親離れ”の瞬間 “もう1人の父”穂高が寅子に与えた影響
親子喧嘩のような寅子(伊藤沙莉)と穂高(小林薫)の言い争い
それでも星長官(平田満)に「出涸らしだからこそできる役目がある」と言われ、最後の一滴を落とす意味で尊属殺人罪に反対意見を示したのだろう。寅子も複雑な感情はあれど、嬉しかったはず。それなのに、最高裁判事退官記念の祝賀会で穂高は「出涸らしも何も、昔から私は自分の役目なんぞ果たしていなかった」「大岩に落ちた雨垂れの一雫に過ぎなかった」と自己否定の弁を述べた。繰り返し述べるが、寅子にとって穂高は法曹家としての自分を生んだ父である。その父が自分を否定することは、寅子の存在も努力も、志半ばで諦めざるを得なかった仲間たちの無念も全て否定することに等しい。それにはとても看過できなかった寅子は、穂高に怒りをぶつけた。その時の寅子はまるで「勝手に産んだくせに」と父親に反抗する娘に見えたし、穂高もそれにショックを受ける父親に見えた。病身には少々酷な展開ではあるが、これはおそらく寅子にとって大事なターニングポイントとなるだろう。 「じゃあ、私はどうすればいい!」という穂高の疑問に答えはない。寅子たちの生きづらさは社会のせいであって、穂高のせいではないし、社会を変えるために穂高はできる限りのことをやった。それなのに寅子が穂高に全責任を押し付けてしまうのは一種の甘えも混じっている。今、寅子は親離れの過程なのだ。父の手を離れて自分の選択に責任を持つ一人の大人として立ち、穂高から受け継いだスピリットで新しい時代を切り拓いていく必要がある。ヒーローでもヴィランでもない。一方的に教えを授ける完璧な師でもない。吉田恵里香の緻密な人物描写と小林薫の深みある名演が調和しながら、穂高を時代の狭間で寅子とともに揺れ動く生身の人間として立ち上がらせた。願わくば、最後にはこの“親子”が仲直りできますように。そして穂高が自分の落とした滴に意味はあったと思えることを祈っている。
苫とり子