熊野詣の伝統「皆地笠」に後継者…103歳唯一の職人が移住男性にバトン
世界遺産・熊野古道を歩く人がかつてかぶっていたとされる「皆地笠(みなちがさ)」の灯を絶やすまいと、和歌山県田辺市本宮町の梅崎健一さん(66)が今春、平安時代から続く伝統を受け継ぐ職人としてスタートを切った。長年唯一の職人だった芝安雄さん(103)が守ってきた技術を受け継ぎ、「伝統を未来につなぎたい」と意気込む。(和歌山支局 平野真由) 【画像】半世紀以上、一人で伝統を守ってきた芝さん(和歌山県田辺市で)
皆地笠は、カンナで薄く削った紀州産ヒノキ材を編み上げて作る。軽くて通気性が良く、ヒノキの油分が雨をはじく。上皇から庶民まで身分に関係なく愛用され、「貴賤笠(きせんぼ)」と呼ばれた。田辺市本宮町皆地地区が産地で、戦前は8軒の工房があったが、高度経済成長で廃れ、1960年代以降は芝さんだけが生産を続けてきた。
梅崎さんは福岡県出身で、同市には99年、妻の奈美江さん(50)と移住してきた。アウトドア派で、山小屋の管理人などを経験しており、移住後は森林組合に勤務。手先も器用で、木を生かしたものづくりに挑戦したいと、20年ほど前、芝さんを訪ねて手ほどきをお願いした。
「よう、教えん」。すげなく断られたが、当時80歳過ぎの芝さんが一人で笠作りを続ける姿を見て「伝統が途絶えるのはもったいない」と思った。
芝さんから土産としてもらったヒノキ編みの写真立てを見よう見まねで再現して再訪。「教えもしないのに、よう編んだな」と褒められた。その後も、芝さんの笠をお手本にして制作を続け、完成品を見せに何度も通った。次第に熱意が伝わり、少しずつコツを教えてくれるようになった。
それまで、数人の弟子が芝さんのもとで修業したが、ものにならずに去っていた。芝さんは、自分の代で伝統が途絶える覚悟をしていて「継いでくれるとは思っていなかった」という。
梅崎さんが「後継者」として認められたのは昨年10月。笠作りが難しくなっていた芝さんに、最新の作品を見せたところ、「丁寧な仕事をしている」とお墨付きをもらった。