韓国には大災厄の「トランプ式危機解決法」【朴露子の韓国、内と外】
トランプという個人が当選しても落選しても、トランプ主義の主な政策と方針は、その強度はある程度調節されたとしても、おそらく今後の米国の国家政策にある程度反映されるとみなければならない。すなわち、米国が主導する保護主義は今後世界体制の「ニューノーマル」、新しい標準になる可能性が高く、中国との競争は今後米国の長期的な国家課題の中心になるものとみられる。
滅多に行かないが、半年前に学術会議に参加するため米国のシアトルを訪れた。15年ぶりに訪れたシアトルは、私に衝撃を与えた。まず、路上にホームレスの人たちを見ないことはほとんどなかった。シアトルを含む米国のほとんどの大都市ではホームレス人口がかなり多いが、シアトルの場合はこの15年間でその人口が増えたことがこの目でで確認できた。裕福な町では部外者の出入りが統制される、いわゆる「ゲーテッドコミュニティ」が多く、市内の道端では各種の犯罪が日常になっていた。1週間弱の滞在期間に、私が直接見たスーパーの窃盗は2件だった。スーパーの店員たちは、万引きなどはもはや傍観しているような印象だった。路上生活やスーパーでの万引きはまさに弱者中の弱者である最下層の問題だが、中間階級の暮らしもやはりあまり良くは見えなかった。同僚の大学教員たちの話を聞いてみると、今の米国の大学教員たちの7割が非正規職だというが、これは韓国(56%)以上に深刻な状況だ。この時、私は海の向こうで深まる危機に直面している社会を見てきたような印象を受けた。 この印象を分析的に見ると、米国の危機の核心はまさに、1970年代後半や1980年代初めに利潤低下とインフレ、成長率鈍化の解決策として注目された新自由主義という米国式資本主義の運営方式だ。新自由主義はすでに2008年に危機を迎えているが、その時の状況は公的資金の投与で終わり、新自由主義に対する基本的な軌道修正はきちんと行われなかった。新自由主義の軸の一つは、労賃の抑制だ。米国の場合、インフレを考慮して計算された労働者の平均実質賃金は50年前も今もほとんど同じ水準だ。特に半熟練や低熟練労働者の実質賃金は、事実上下方曲線を描いてきた。これは米国の中産階級が減り続けたことにつながっている。50年前に全世帯の61%が中間階級に分類された国で、いまや中間階級は51%程度だ。その代わりに増えたのは、上で述べたホームレスに代表される最下層と、栄養摂取もまともにできない下層だ。2000年に10%程度だった食糧不安定世帯、すなわち必要な食べ物をいつも食べられるという保障がなく、いつでも飢える可能性のある世帯は、もう全体の14%にもなる。日増しに貧困が深刻になる状況で、韓国と違って輸出ではなく内需が主導する米国経済の基盤、すなわち国内消費の持続的増加を保障することは難しい。消費が増えてもそれだけ家計負債も増え、今後の利子や債務返済の負担が大きくなる。要するに、長期的に見て成長のエンジンが故障したのだ。 米国式新自由主義は、賃金抑制以外に、工業の海外移転、低賃金の外国への外注化のような脱工業化を通じて利潤率の増加を狙ってきた。しかし、長期的にはこの戦略もやはり純機能よりは逆機能の方が多かった。脱工業化された社会では、最先端技術の発展が難しくなり、最先端技術の発展が競争国に比べて遅くなれば、結局それまでの世界覇権を手放さなければならなくなるためだ。オーストラリア戦略政策研究所(ASPI)によると、現在の主要な最先端技術のうち、米国が先頭を走る技術は10%に過ぎず、中国がすでに先導しているのは90%にもなる。利潤のための海外への工業移転は結局、覇権の危機につながり、これまでの米国式覇権維持戦略はその危機をさらに煽る。現在、世界のすべての大陸、約80カ国に17万人以上の兵力を駐留させている米国は、軍事力の過渡拡張(overextension)の典型的な例とみられる。その間に米国の軍事支出を支える米国債の年間利子は、今年の8920億ドルから10年後には1兆7000億ドル以上へと2倍も増えると予想されている。国債の利子費用が軍備を超える状況で、世界帝国の維持は実際のところ長期的には不可能だろう。 トランプのさまざまな犯罪記録と犯罪疑惑、その非常識な言動などが世間を驚愕させてきたが、実際トランプ主義とは、米帝国がいま長期的に直面している危機状況に対する一つの極右的な解決策の提案といえる。この解決策の核心は、第一に、一部の弱者集団を残酷に排除することによって新自由主義の矛盾を取り繕うことだ。すなわち、トランプの言うとおり数百万人の未登録移民者を強制退去させ、合法的移民の規模を縮小することにより、新自由主義的労働政策を維持したまま労働市場で従来の労働者の競争力を強化し、その賃金引き上げの幅を高めようとしている。第二に、トランプは第2次世界大戦以前に米国の国家政策だった保護主義に回帰しようとし、再工業化政策を推進しようとしている。第三に、トランプは東欧など「あまり重要でない」と判断される下位パートナーを見放してロシアとの関係を正常化し、中国を相手にした競争に集中しようとする。そのようにしてトランプは、長期的な国内消費力と技術競争、そして帝国の過渡拡張の問題を解決しようとしているのだ。 米大統領選挙の結果は当然未知数だ。すでに2回も暗殺未遂に遭ったトランプが、大統領選前に舞台から姿を消しても、私は驚かないだろう。危機の中で米国で起きている政治競争の過熱は、すでに「正常」からかなり逸脱しているからだ。ところが、トランプという個人が当選しても落選しても、あるいは暗殺されて死んでも、上で要約したトランプ主義の主な政策と方針は、その強度はある程度調節されたとしても、おそらく今後の米国の国家政策にある程度反映されるとみなければならない。すなわち、米国が主導する保護主義は今後世界体制の「ニューノーマル」、新しい標準になる可能性が高く、中国との競争は今後米国の長期的な国家課題の中心になるものとみられる。米国はこの競争で遅れを取れば取るほど、むしろさらに強引に「中国牽制」に出るものと予想される。 いまも貿易に依存し、いまも中国を最大の貿易相手国にしている韓国にとって、米国の長期的保護主義および反中国傾向は大きな災厄だ。米国の安保の「傘」からも抜け出せないが、中国との協業なしには韓国経済の未来は暗いだろう。韓国の最重要な国益を害するほかない危機の中、米帝国のこの傾向に今後どのように対処するのか、今からでも真剣に考えなければならない。 朴露子(パク・ノジャ、Vladimir Tikhonov) |オスロ国立大教授・韓国学 (お問い合わせ japan@hani.co.kr )