SNS時代の「負の側面」―アスリートへの“誹謗中傷”対策に動き出すスポーツ界
ソーシャルメディアと五輪の歴史
SNSと五輪との歴史はまだ浅い。当初は選手とファンの距離を縮めるツールとしてIOCは活用を推奨していた。2012年ロンドン五輪では、IOCが選手の積極的な発信を促し、「ソーシャルメディア五輪」と呼ばれたほどだ。 わざわざIOCが五輪の宣伝をしなくても、膨大なフォロワーを持つ選手たちが発信してくれることによって、魅力が世界に伝わると考えたのだろう。IOCは選手たちのSNSを集めた「オリンピック・アスリート・ハブ(歯車)」というウェブサイトを作って、現役選手や過去のオリンピアン(五輪出場経験者)のSNSにアクセスしやすい環境も整えた。 コロナ禍で1年延期された東京五輪は原則無観客になったが、選手たちが選手村の様子を次々と発信したことによって、マスメディアの報道からは知ることのできない五輪のイメージが宣伝されることになった。 パリ五輪でも、エッフェル塔近くに東京五輪の「レガシー」や日本文化を紹介する「チームジャパンハウス」が開設され、メダリストの記者会見やSNS用撮影スタジオからの発信が行われた。 しかし、今回のように選手たちがネットで中傷される問題がますます大きくなってきた。世界の注目を浴びる五輪となればなおさらであり、選手のメンタルヘルスにも影響を与える問題だ。被害の訴えも増えているだけに、今後、野放しにしておくわけにはいかないだろう。
対策に乗り出すFIFAやIOC
IOCに先んじて対策に乗り出したのは、国際サッカー連盟(FIFA)である。22年のワールドカップ・カタール大会を前に、FIFAは国際プロサッカー選手協会と共同で「ソーシャルメディア保護サービス(SMPS)」というツールを開発した。SNS上の選手への嫌がらせと思われる投稿を自動的に検出し、それを非表示にするシステムだという。これを世界の全211協会に提供した。 サッカーの国家代表に対しては、どの国でも愛国心が喚起される傾向が強く、サッカー・ナショナリズムともいわれる。その反動として、ミスをした選手や敗れたチームの監督らに批判の矛先が向けられる。これを未然に防ごうという取り組みだ。 FIFAによれば、カタール大会では約260万件の投稿が非表示になり、その一部は、報告を受けたプラットフォーマー(インターネットを通じてサービスを提供する事業者)によって、アカウントの一時停止措置も取られたという。 IOCも今回のパリ五輪から同様の試みを始めている。法律やガイドラインに反する投稿をリアルタイムで人工知能(AI)が検知し、自動的に削除する仕組みをプラットフォーマーと協力して構築した。 大会前の記者会見で、トーマス・バッハ会長は「大会期間中、5億件ものSNSへの投稿が予想される。このAIツールは、1万5000人の選手と関係者への投稿を対象として広範な監視を行うことができる。アスリートを保護するため、悪質な投稿が自動的に消去される」と説明した。 閉幕後、IOCの選手委員会は大会中に8500件を超える中傷の投稿をオンライン上で確認したと発表した。FIFAに比べれば、まだ件数は少なく、選手からの訴えも絶えなかったが、今後の五輪でさらにシステムの精度を高めていくことが期待される。