息子への愛と現実逃避の夢の間で揺れる女性を描く「山逢いのホテルで」ジャンヌ・バリバールインタビュー
第76回カンヌ国際映画祭ACID部門のオープニングを飾った、フランスの名優ジャンヌ・バリバール主演作「山逢いのホテルで」が11月29日公開される。 スイスの壮大な山々と湖畔に囲まれた、世界最大級のグランド・ディクサンス・ダムの麓に実在するホテルを舞台に、息子への献身的な愛と現実逃避の夢の間で揺れる女性を描き、各国の映画祭で高い評価を得た話題作。主人公クローディーヌの熟年を迎えた女性の孤独から、息子に無償の愛を捧げる母としての優しさ、情熱的な恋に落ちる女性の可憐さまでを見事に表現したバリバールが制作の裏側や、本作への想いを語る特別なインタビューを映画.comが入手した。 ――スイスアルプスやグランド・ディクサンス・ダム、ホテルなどロケーションが素晴らしいですね。印象に残る場所や撮影エピソードなどがあれば教えてください。 撮影中に私がいつも冗談で言っていたことがあるのですが、この壮大なダムを前にするならジェームズ・ボンドの映画であるべきだと…(笑)。このロケ地は実際の「ジェームズ・ボンド」シリーズの撮影に使われていているんです。また、ジャン=リュック・ゴダールの初期の短編ドキュメンタリー「コンクリート作業」(55)にも登場していて、このような映画史の中に存在している場所で自分が演じるというのは、とても刺激的な経験でした。映画史を巡回しているような気分になりました。 ――スイスが舞台の本作では、スイス訛りのフランス語をお話になっていますよね。どのように練習されたのでしょうか。 実は、意識的にはやっていないんです。私はカメレオン俳優的なところがあるので、周りにいたスイス人たちの話し方を、知らず知らずのうちに真似していたのかもしれません。今回のように毎日撮影があり主役を演じる時は、マキシム監督の影響をとても受けます。監督は自分を体現する人物を主役として送り込んでいるわけですから、知らないうちに彼のスイス訛りのフランス語を吸収していたのかもしれませんね。 ――クローディーヌと息子のバティストが憧れる存在としてダイアナ元妃が登場し、また彼女がホテルに向かうときに纏う真っ白なワンピースも、どこかダイアナ元妃を彷彿とさせます。クローディーヌとダイアナ元妃は、女性として共通する部分があるように感じられますが、どのように思われますか。 興味深いですね。そのように考えたことはありませんでしたが、ダイアナ元妃を別にしても、あのクローディーヌの姿は、白いドレスを着たお姫様というアンデルセンの白雪姫のような女性の元型を表しているのではないのかなと思います。もちろん、ダイアナに自由のない犠牲者のようなイメージはありますが、同時にとても豪奢な生活を送っていた人でもあるので、クローディーヌという市井の女性と比べるのは少し難しいですが、ひょっとするとバティストにとってはダイアナ元妃に母親のイメージを重ねていたかもしれないし、遠く離れて暮らす父親のイメージもあったのかもしれませんね。 ――さまざまな解釈ができるラストシーンですが、ジャンヌさんはあの時のクローディーヌの感情をどう解釈して演じられたのでしょうか。また彼女がこれから進む道はどのようなものだと考えますか。 難しいですね……。完全な孤独な道でしょうか。かといって、孤独は悲しいものではなく、内なる孤独を受け入れることが大切だというのは、精神分析的な意味合いからラカンが言っています。子供と一緒にいると、世話をしなければならないので、本来あるはずの孤独は隠れますよね。母親は、子供の存在によって孤独感を感じることから守られていたのかもしれないですが、それは幻想でしかない。人間というのは、やはり深いところで孤独を抱えていると思います。男であるとか、女であるとか、成熟しているとか、ティーンエイジャーであるとか関係なく、もっと深い人間の存在について、この作品は深掘りしているのではないでしょうか。普遍的な人間そのものを描いている作品と言えると思います。 ――映画を楽しみにしている日本の観客に向けて最後に一言メッセージをいただけますか。 例えば小津安二郎や成瀬巳喜男、田中絹代や溝口健二の作品のような日本のクラシック映画に登場する女性に代表されるように、日本映画には女性を通して社会を見るという特徴があると思います。私の世代やマキシム監督のような下の世代のシネフィルは、そういった面で日本映画からとても影響を受けています。世界中の他の国を見ても、日本映画以上に、女性の表面的で社会的な顔とは異なる別の顔を巧みに描いた映画はないのではないでしょうか。フランス映画において、シャンタル・アケルマンやルイス・ブニュエルの作品のような例外はありますが、女性の裏の顔に関心を示す監督はあまりいなかったように思います。女性が表に出さない顔を描いているという点で、今回の作品は日本映画的だと感じます。もちろん日本映画はそれだけの要素ではないですけどね(笑)。 11月29日からシネスイッチ銀座、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。