習近平の元ライバル「薄熙来」の息子が台湾女性と結婚 「有名病院の孫娘」美貌の新婦と一筋縄ではいかないファミリーヒストリー
11月後半、台湾はある豪華な結婚披露宴をめぐって連日の報道ラッシュが続いていた。13日にカナダから台湾入りしたと報じられた新郎は薄瓜瓜氏、彼と愛を誓う新婦は台湾の有名病院創設者の孫娘・許惠瑜氏。この見た目は普通の披露宴について台湾政府が神経をとがらせる事態となった理由は、2人の“ファミリーヒストリー”にあるようだ。 【写真】白のスーツとドレス姿で仲睦まじく…美貌も注目された薄瓜瓜氏の花嫁
新郎の父は元・習近平のライバル
薄瓜瓜氏の父は元重慶市共産党委員会書記の薄熙来(はく・きらい)氏と聞けば、思い出す人がいるかもしれない。2012年に中国・重慶市で起こった一大政治スキャンダルといえば「薄熙来事件」だ。同市副市長・王立軍氏の米国領事館亡命未遂事件をきっかけに、薄熙来氏の妻・谷開来氏と秘書が共謀した英国人実業家の殺害、薄一家の不正な蓄財などが次々と発覚。失脚した薄熙来氏は13年7月に起訴され、10月に無期懲役が確定した。 スキャンダル発覚前の薄熙来氏は、習近平氏の“最大のライバル”ともいわれていた。ともに父は共産党革命に参加した高級幹部で、後の「八大元老」(長老集団)。太子党の「紅二代」として将来を嘱望されていた2人だったが、習近平氏は国家主席に、薄熙来氏は今も獄中である。事件が表沙汰になった当時は、この事件から中国の権力闘争 を読み解くとする記事も多数発表された。 「紅三代」となる薄瓜瓜氏の名前は「薄熙来事件」の頃から報じられていた。98年から英国に留学し、オックスフォード大やハーバード大といった名門校で学んだ薄瓜瓜氏のイメージは「留学先で贅沢三昧の息子」、いわゆる「赤い貴族」である。ハーバード時代には同じく紅三代の女性とのVIP待遇のチベット旅行、フェラーリに乗ってのデートなどが話題を呼んだが、本人は否定する声明を出していた。
新婦の祖父は国民党員で地方政治の実力者
1987年12月17日生まれの薄瓜瓜氏は現在36歳。学業を終えた後は中国に戻らず、2019年にはビジネスアナリストとしてカナダの企業に勤めていることが報じられた。今回はこの「台湾人の婿になる」結婚で再注目されているが、お相手である許惠瑜さんの一族も一筋縄ではいかない。 許惠瑜さんの祖父・許文政氏は、日本統治時代に日本で医学を学び、1953年に台湾宜蘭県羅東鎮で羅東博愛病院の前身となる病院を創設した。病院運営と並行して国民党員として政界でも能力を発揮し、70年代に県議会議長を2期、その後も監察委員や総統府国家政策顧問などを務め、2015年の総統選で国民党候補だった洪秀柱氏から「父」と呼ばれる存在だったという。兄の羅文堂氏も国民大会の代表、その息子は県議会議長を務めるなど、兄弟は独自の地元派閥「羅徐派」の中心だった。 全盛期には、国民党と政府の関係者が集まる病院横のオフィスが「博愛党部」と呼ばれるほどだったが、時代と台湾政治の変化に合わせて影響力は減少。14年には許文政氏の長男で医師の許國文氏が監察委員候補となったが、利益相反を懸念する論争を受けて辞退と医師業への専念を発表している。 19年に許文政氏が95歳で死去した頃には、一族は病院運営に専念。そうしたカップルの周囲はさておき、結婚そのものに「政治的な裏はない」と見る向きは台湾でも多い。一方で、地元にはまだ羅徐派の影響力が残っているという指摘もある。