「もしも自分がボウイやブリトニーだったら?」ホールジーが歴代スターを演じる衝撃の理由
どの時代で、誰を演じても見舞われる悲劇
「こんな風に毎日殺されるべきなんかじゃないもの こんな運命にまみれてしまうなんて 私が何をしたのかわからない」 (「Only Living Girl In LA」) 『The Great Impersonator』は、音楽通であるほど楽しめるアルバムであろう。「Darwinism」のデヴィッド・ボウイ要素など、元ネタを知っているほど発見ができる仕掛けになっている。同時に、この大作には転生ループものSFの趣がある。主人公は、どの時代で人気者になっても悲劇に見舞われていくかのようなのだ。 色濃いのは、病と死の香り。フリートウッド・マックを下敷きにした「Panick Attack」では、ドリーミィな音色の上で、恋心なのかパニック発作なのかが曖昧な感情が歌われる。80年代ドリー・パートン調の「Hometown」にしても、牧歌的カントリーでありながら、自殺によって永遠の若さを手に入れてしまったティーンの物語だ。ケイト・ブッシュ調の「I Never Loved You」はひときわおそろしい。手術台の上で生死をさまよう主人公が破局間近だった恋人の来院を待つ物語だが、その恋人こそ主人公を殺そうとした犯人である疑惑がつきまとっていく。 「エゴを消す努力をしなくちゃね さもないと エゴに殺されそう」(「Ego」) スターダムをテーマにした『The Great Impersonator』では、ホールジーのスターとしての葛藤が渦巻いていく。というのも、キャリアを重ねるにつれ、10代のころ創りあげたポップスター人格「ホールジー」が自分自身と隔離していき、ものまねをしている感覚に襲われることもあったのだという。この問題を90年代風に炸裂させているのが、クランベリーズのドロレス・オリオーダンに捧げられた「Ego」だ。 ミュージックビデオでオマージュされているのは、90年代のカルト映画『ナチュラル・ボーン・キラーズ』や『ファイト・クラブ』。これらを合体させることで、スターとしての自己像と元々の人格が殺し合いを繰り広げるアイデンティティクライシスが展開されている。 「死んだらお金を使う時間はない それでも私を愛し続けてほしい だって私はすごく幸運 スターだし でも泣いて泣いて泣いて 寂しい心で思ってる 「何一つ欠けていない人生なら どうして夜 こんなに涙が出るの?」(「Lucky」) とくに衝撃的なのは、Y2K、つまり1990年代末から2000年代初期をなぞる「Lucky」だろう。ここでサンプリングされているのは、モニカ「Angel of Mine」、そしてブリトニー・スピアーズ「Lucky」。ブリトニーは、華やかな同時代を象徴するスーパースターでありながら、メディアや家族からのひどい扱いに苦しむ過酷な人生を送ってきたことで知られている。 ブリトニーから承諾を得たホールジー版「Lucky」では、スターの隠された悲しみが歌われていく。SNS発の赤裸々なカリスマとして有名になった身として「インターネットの人たち」に気に入られるため全力を尽くしてきた旨を明かし、難病を隠しながらファンに元気だと報告していたことは「キャリア史上一番の嘘」だったと吐露する。 ジア・コッポラが監督したミュージックビデオは、楽曲の世界観をより深めている。登場する少女がかつてのホールジーであるとしたら、有名になっても昔と同じようにつらい目に遭っているのに、かつての純粋さを失い作り笑いをするしかなくなる悲しい結末とも読みとれる。一方、少女の存在をホールジーが抱える悲しみに気づかず憧れているファンの象徴とすることもできるだろう。もしかしたら、両方なのかもしれない。ビョークにインスパイアされた表題曲であり閉幕曲「The Great Impersonator」のテーマは二面性だと語られている。自分のために命を懸けるファンを多く抱えていたのに命を落としてしまうスターの皮肉、そして、その死後ファンたちが「何も知らなかった」と気づく結末だ。 「ああ 物語は語り手と共に消えていく? ああ どうせそのうち忘れられてしまうけど」(「The Great Impersonator」) ただし、多様な解釈の余地を残すのが、ホールジー作品の魅力だ。紹介できなかった楽曲群で参照されるスターにしても、考察しがいのある布陣になっている。「Dog Years」PJハーヴェイ、「Letter To God (1974)」シェール、「I Believe In Magic」リンダ・ロンシュタット、「Letter To God (1983)」ブルース・スプリングスティーン、「Arsonist」フィオナ・アップル、「Life of the Spider」トーリ・エイモス、「Letter To God (1998)」アリーヤ。 まだまだ謎が残されている『The Great Impersonator』だが、ひとつはっきりしているのは「Hurt Feelings」にてトリビュートされる2010年代のスター、ホールジーその人が、いつの世に生まれようと人々を魅了するミュージシャンになっていたことだ。 ーーー ホールジー 『The Great Impersonator』 2024年10月25日リリース
Tatsumi Junk