津田健次郎が明かす、百獣の王=クレイヴンの演じ方と自身の“ダークさ”「日常では表に出ないけど、お芝居では出すことができる」
原作のマーベルコミックでは、“スパイダーマンの宿敵”とされ、その強さはヴェノムにも匹敵するとされる最強のハンター“クレイヴン”の誕生を描く『クレイヴン・ザ・ハンター』(12月13日日米同時公開)。「キック・アス」シリーズなどでヒーロー役を演じ、「007」シリーズの次期ジェームズ・ボンド役として有力な候補と報じられているアーロン・テイラー=ジョンソンが、“最強”に鍛え上げられた美しい肉体で、マーベル史上最もバイオレンスなヴィランと称される“クレイヴン”を熱演している。 【写真を見る】渋みのある声で圧倒的な存在感を醸し出す津田健次郎を撮り下ろし!実は地声がウィスパーボイス? 日本語吹替版で“クレイヴン”ことセルゲイ・クラヴィノフの声を担当したのは、声優や俳優としてマルチに活躍する津田健次郎。強靭な肉体に野獣のようなパワーとスピードを宿し、研ぎ澄まされた五感で狙った獲物を“血の果て”まで追跡する“百獣の王=クレイヴン”の声は、津田の肉体からどうやって生み出されたのか。その秘訣に迫った。 冷酷な父親(ラッセル・クロウ)と狩猟に出た際に巨大なライオンに襲われたことから“百獣の王”の力を宿し、容赦なきハンターと化したクレイヴン(アーロン・テイラー=ジョンソン)。金儲けのために罪なき動物を狩る人間たちをターゲットに“狩り”を実行していく彼は、やがて大きな組織へと近付いていく。そこに立ちはだかるのは、全身が硬い皮膚に覆われた巨大な怪物ライノ(アレッサンドロ・ニヴォラ)。そしてやがて“裏の世界の殺戮者”と呼ばれる自らの父親と対峙することとなる。 ■「身体の内側の筋肉を使うようなイメージで、俳優さんの声に寄り添う」 クレイヴンを演じるにあたって、最強のヴィラン感を出すべく馴染みの“ドス”をきかせてテストに臨んだものの、音響監督から「もう少し若い感じでいきましょうか」と声が掛かったという。「僕個人の印象としては、『クレイヴンは悪いヤツよりさらに圧倒的にパワーがある、悪に近い感性を持ったヤツ』というイメージだったので、映画の冒頭、刑務所の中でロシア語を交えて話すシーンでは、よりドスを強めにきかせる感じで最初はやってみたんです。でも『あ、そっちじゃないんだ』と思って現場でまた修正していった感じでした。彼は年齢的にも若いので、『もう少しアクを抜いていきましょうか』という方向性になりました」。 たしかに、発する声は「冒頭からいきなりフルスロットル」というわけでもないのだが、アクションシーンの息遣いや唸り声のワイルドさたるや、まさしくどう猛な“百獣の王”そのもの。取材を受ける穏やかな津田からは想像がつかないが、声優のみならずアクターでもある津田のこと。クレイヴンを演じるアーロン・テイラー=ジョンソンばりに全身を使って声を出しているのでは…?と訊くと、「さすがに同じ体勢をとろうとすると、マイクの位置から外れてしまうので…(苦笑)」と断りながら、その秘訣を言語化してくれた。 「基本的にはやっぱり原音を重視しつつ、俳優さんがどんな風に声を出しているのかというところに寄り添っていく感じではありましたね。演じている俳優さんの表情や肉体状態を確認しつつ、どの辺りに力が入っているのかを意識しながら身体の内側の筋肉を使うようなイメージで。ただこの作品はアクションシーンの展開がめちゃくちゃ速いので、スピードに追いつきながらやっている感じではありましたけどね」。 そう津田が明かすように、クレイヴンは裸足でロンドンを走ったり、壁を駆け抜けたり…と、見た目は普通の人間でありながらも、目にも留まらぬ速さの超人的な動きが特徴だ。津田が演じるマーベルのヴィランといえば、『ブラックパンサー』(18)で主人公の前に立ちはだかる宿敵、キルモンガー役の好演も記憶に新しいが、津田は「同じヴィランはヴィランでも、この2人のキャラクターは全然違う気がしますね」と分析する。 「たしかに、キルモンガーもフィジカル的には相当強い男ではありましたけど、王族出身だけあって、“野良”のクレイヴンより毛並みがいい。かたやクレイヴンの親父はマフィアの親分ですからね(笑)。それこそ彼は、子どものころからライオンの子どもが崖から突き落とされるような育てられ方をしていて、『死んだら死んだでしょうがねぇ』みたいな感じなので(笑)。キルモンガーよりもクレイヴンのほうが、さらにワイルドなんじゃないでしょうか」。 ■「残虐なアクションでR指定ですけれども、この映画はドラマパートも実はかなり大人向け」 まさに、『クレイヴン・ザ・ハンター』がマーベル作品のなかでも異彩を放っているのは、本作がヴィラン誕生の過程を描いたアクション超大作でありながら、ロシアンマフィアの権力闘争を巡るギャング映画でもあり、マフィアの重厚なファミリー映画の側面を持っている点にある。父親のような無慈悲な人間にはなりたくないと切望しながらも、自らの正義を貫くために、血にまみれた報復と、自警の道へと歩み出していくクレイヴン。津田いわく「アクションシーンの残虐性がR指定の要因だとは思うんですけれども、この映画はドラマパートも実はかなり大人向けなんですよね。ラッセル・クロウ演じる父親との確執や、フレッド・ヘッキンジャー扮する弟との関係はどちらも非常に劇的で、感動とはまた違う大人の苦みが走るんです。演じている僕らとしては、会話劇のほうがやりがいはありますね」。 ちなみに、クレイヴンことセルゲイの異母弟のディミトリは、スパイダーマンと戦った最初のスーパーヴィランである“カメレオン”。弟と一緒にいる時だけは、素の自分を隠さずに見せるクレイヴンを演じながら、津田はこんなことを感じていたという。 「アーロン・テイラー=ジョンソンさんの吹替は『ブレット・トレイン』と『フォールガイ』でもやらせていただいているんですが、同じ俳優さんでも作品が違えば当然演じ方や印象が変わるので、今回はまったく違う感じでやろうと思っていたんです。アーロンさんは、ムキムキでワイルドな雰囲気をまとった人なんですが、僕のなかでは綺麗な印象もあって。本作のなかにもキュートな部分がちょっと出てきていたりする。基本は『うわ、すげえな』っていう暴力シーンが続くんですが、弟とキャッキャしながら戯れているところなんかは、非常に微笑ましいといいますか(笑)。セルゲイも弟と接する時だけは普通の明るい兄ちゃんなんだというのがすごく意外で、いいシーンだなと思って観ていました」。 「いわゆるやってはいけないことが多い正義のヒーローと比べると、ヴィランの方がより自由度が高くて、気を遣わないでいいからラク」と、低音ボイスを活かして悪役を演じることの多い津田ならではの視点を明かしつつ、ヴィランの特徴としては「音楽に詳しいわけじゃないんですけど、メジャーではなく、マイナーな音が出ている感じがします」と語る津田。 「でも、セルゲイはやっていること自体は結構派手ですよね。密猟者をやっつける時なんかもボーガンで壁にドンって張り付けにしちゃったりして(笑)。キュートなだけじゃなくユーモラスな感じもあって。“マイナー”と言いつつも、このヴィランは意外と明るいんだよな」。 さらに、津田は「ふざけるのは僕も大好きです(笑)」と言いながら、普段はこれほど穏やかなのに、腹の底から邪悪な声をいつでも出せる理由について、「僕もダークなものはいっぱい抱えているので…」とニヤリ。「あまりいいものではないので日常で表に出そうとはまったく思わないですけど、お芝居では当然ながらそういったものも出せますからね」。 ■「声優業と俳優業は相互に影響し合っているのを感じています」 俳優と声優をシームレスに行き来しながら、日々演じ続ける表現者である津田にとって、実写の洋画(外国映画)の吹替とはどういうものなのだろう。「演じるうえでは、アニメーションより実写の吹替の方がストイックなジャンルだと思うのですが、強い制限があるなかでどれだけ自由にのびのびと演じられるかが肝になってきます。たとえば『この流れだったら自分的にはちょっと違う感じになりそうだけど、この人はここで笑うんだ』みたいに、自分の生理とは違う声を出すことも多いですし、自分ではやらない演技をいかに自然かつリアルにやれるかというおもしろさを持ったジャンルなのかなと。職人的な要素も強いからこそスパンって綺麗にハマった時の気持ちよさもあります」。 先日の「第53回ベストドレッサー賞」の受賞コメントのなかでも、津田は「演じるという共通点は同じなので、作品ごとにアプローチを変えたりしている感じです」と語っていたが、 自分の身体を使って演じることは声優の仕事をする上でどのように活きているのだろうか。 「ありがたいことに両方やらせていただいていると、相互に影響し合っていることを自分でも感じます。実写の場合は基本的には相手がそこに居る状態で会話をするので、心の距離感も含めてセリフを話す時に実感が持てるというのは当然ありますよね。肉体を通してやりとりすることが非常に大事な要素でもあるので、アニメーションをやる時にもその肉体の感覚を、フィードバックするように心がけているところもあるかもしれません。逆にアニメーションの場合はエンタメ性が高いので、決め台詞をパキっと言う必要もあったりするんです。あまりやりすぎてもダメですが、実写と比べてしっかり言葉を立てて言うことのほうが多い気がします。そういった要素を実写の吹替やリアルなお芝居に活かすこともありますね」。 取材を受ける津田は、驚くほど腰が低い。取材部屋にあらわれるや、記者一人ひとりと目を合わせ、「津田健次郎です。よろしくお願いいたします」と挨拶する。耳に聴こえるのはまごうことなき“ツダケン”の魅惑の低音ボイス…ではあるのだが、“百獣の王=クレイヴン”を演じるとは想像つかないウィスパーボイス。「大切な商売道具である“喉”を温存すべく、取材時は“エコモード”で対応しているに違いない」。そう見当をつけたうえで取材の最後に思いきって本人に尋ねると、津田はあのクシャッとした笑顔でこう言った。「声、ちっちゃいですよねぇ。でもこれが地声なんです(笑)」と。「このギャップこそ、ツダケンこと津田健次郎の魅力なのだ」と改めて思い知らされた。 取材・文/渡邊玲子