スウェーデンでは子供に教えるが日本では“言ってはいけない”メンタルと「遺伝・進化」の深い関係(レビュー)
「努力は遺伝に勝てない」「子育ての苦労や英才教育の多くは徒労に終わる」など、日本において口にすべきでないとされがちな“不愉快な現実”がある。これらのタブーを進化論や遺伝学、脳科学の知見から明かしたベストセラーが橘玲さんの『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)だ。 この橘さんが「同じことをいっている」というスウェーデンの精神科医がいる。世界的ベストセラー『スマホ脳』の著者、アンデシュ・ハンセンさんだ。ハンセンさんが遺伝や進化の観点から心の問題を解説した最新刊『メンタル脳』(新潮新書)は、スウェーデンの4000の学校に配られたという。 他国では推奨される一方で日本においてはタブー扱いされる、メンタルと遺伝・進化の深い関係について解説した橘さんの『メンタル脳』書評を以下、ご紹介する。 ***
拙著『言ってはいけない』で、「ひとは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない」と書いた。 世界的ベストセラー『スマホ脳』で知られるスウェーデンの精神科医アンデシュ・ハンセンは本書で、「幸せという感情は消えるもので、そうでなければ役に立ちません」と書いている。 私とハンセンが同じことをいっているのは偶然ではない。その背景には、心を進化の産物と考える進化心理学がある。 人類はチンパンジーやボノボとの共通祖先から分岐してから、アフリカのサバンナで500万年間にわたって、生き延びて子孫を残すよう脳を進化させてきた。その結果として、言語や思考だけでなく、喜怒哀楽のような感情が発達した。だとすれば、幸福も脳のプログラムが生み出す物理的現象(ニューロンのパターンのひとつ)だと考えるほかはない。 やっかいなことに、わたしたちの脳は旧石器時代の環境に最適化されているので、現代文明のアスファルトジャングルにはうまく適応できない。現代人を悩ますメンタルの不調の多くは、この進化と環境のミスマッチから引き起こされている。 ここまでの前提を共有しているのだから、同じ結論に至るのは当然だが、ハンセンと私の本には大きな違いがある。『メンタル脳』はスウェーデンの4000の学校で配られたというが、『言ってはいけない』を子どもたちに読ませようという話は聞いたことがない。 残念なことに日本では、遺伝や進化で人間と社会を語ることは、いまだにある種のタブーとされている。それに対してスウェーデンでは、子どもたちが進化心理学をなんの違和感もなく受け入れているらしい。 本書は脳科学や神経科学の最新の知見も加えて、きわめて平易に、なぜネガティブな思考をしてしまうのか、そこから抜け出すにはどうすればいいかを解説している。ここで強調されているのは、うつは「病気」ではなく、環境に対する反応だということだ。現代社会では、メンタルに問題を抱えるほうが「正常」なのかもしれない。 世の中はますますぎすぎすしているが、日本でも本書を一人でも多くの子どもたちや若者が手に取り、進化の視点からさまざまな問題について考えるようになれば、もうすこし生きやすくなるのではないか。あわせて、本書と私の本が中学・高校で配られるようになったら、こんなにうれしいことはない。 [レビュアー]橘玲(作家) 1959(昭和34)年生まれ。作家。2002年、金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』が30万部超のベストセラーに。『永遠の旅行者』は第19回山本周五郎賞候補となり、『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞を受賞。2022年刊行の『バカと無知』も20万部を突破と、次々にベストセラーを生み出している。 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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