自然から芽吹いた思想を言葉に…秩父移住したにフランス文学者がエッセー
「山影の町から」笠間直穂子さん
アスファルトに囲まれた東京から、山あいの埼玉・秩父に転居したのは2016年秋だ。暮らしの中での思索を初のエッセー集にまとめた。都会目線の「移住」ではなく、「引っ越し」の言葉を使いたいという。「大都市圏から離れると『移住』と言われる。『何で田舎に?』って否定的に聞かれることもある」
仏作家マリー・ンディアイの小説などを翻訳する文学者で国学院大教授。今著には、20年からウェブ連載した随筆に書き下ろしを加えた30編を収める。机上ではなく、自然の中から思想が芽吹く。たとえば、海外で「侵略植物」とされる日本由来のクズに目を向け、「外来種」という言葉の排外的な響きに外国人排斥の世相を二重写しにする。
自宅の庭の水辺を眺め、藤枝静男『田紳有楽』に登場する骨(こっ)董(とう)屋の庭の池を連想し、ハヤトウリが旬を迎えると、絲山秋子『薄情』で話題に上る場面を思い浮かべる。秩父の風光に文芸作品を重ね、文学評論のような後味も残るが、「論文では、確実なことしか言えない。私が感じたこととして書くエッセーだと書けることがいっぱいある」。
1972年生まれ。大学時代は写真部だったといい、デジタルカメラを持ち歩く。本文に添えた写真は、自ら撮ったもので、表紙には、近くの山の頂で見た「地球影(えい)」の写真を使った。太陽と反対方向の茜(あかね)空に、日光に照らされた地球表面が群青の影となって映し出される現象だ。
「(山頂にいた)別の人たちは夕日を見ていましたね。それも私らしいんだろうなって。反対側を見てる。オルタナティブでありたい思いは常にあって、その気持ちとこの土地(秩父)の感じが合った」
帰り際、小さな紙袋を手渡してくれた。自宅の庭で採った楓(かえで)とゆずが詰まっていて、冬の匂いがした。(河出書房新社、2200円)真崎隆文