TRDのモータースポーツ魂が注がれた3台は、走りの基本から楽しさまで満載だった
ワークスチューニング試乗会といえば現行モデルの最新カスタムトレンドを発表するのが常だが、TRDはこのところ中古市場で買いやすくなってきたモデルをベースとするチューニングを熱心に提案してきている。具体的にはGRではない「トヨタ86」。そして同じく、GRではないフツーの「ヤリス」だ。 【画像】デモカーはZN6型のトヨタ「86」のGTグレード ■ GRじゃない「86」のボディを鍛えて走りを磨く TRDが仕上げる86は、サーキット走行を視野に入れたクラブレーサーである。ZN6型をベースとすることでイニシャルコストを抑え、外装からシャシー、インテリアにいたるまでトータルなチューニングメニューを提案している。 エンジンまわりに手を入れていないのは、まずはこれがスバル製の水平対向ユニットだからだろう。TRDは入念な開発を行なうワークスチューナーだから、もしトヨタ以外のユニットに手を着けるなら中途半端なことはしないはずだし、雰囲気的にもまだそこに手を着ける感じはないようだ。 とはいえ本家のSTIもこのFA20エンジンには今のところ手を加えていないわけで、TRDがこの86に「AE86の再来」を期待しているのなら、少しずつでもいいからこの自然吸気の水平対向エンジンをエモーショナルにする仕様を提案して欲しいと、マニアな筆者は密かに願っている。 話を戻すと、TRD「86」の今年のテーマは「ボディ剛性の強化」だ。 そのためにTRDはトヨタ86を剛性試験機にかけ、主にねじり剛性を計測しながら剛性アップパーツの開発を行なったという。 その中でも筆者の目を引いたのは、「フロントフェンダーガセットブレース」だ。フロントフェンダーの内側、タイヤハウス直後に組み込まれるトラス状の剛性パーツである。 さらにはボディとリアサスアッパーを結ぶ「リアサスペンションタワーVブレース」を、トランク内に装着。そしてフロントロワ、リアトレーリング、リアロワ、リアトーコントロール部のアームに強化ブッシュおよびピロボールを容赦なく組み込み、リアスタビブラケットも強化タイプとした。さらにはエンジン、トランスミッション、デフ、リアサスメンバーのマウントも強化タイプとする徹底ぶりである(全て試作品)。 エンジンを始動させクラッチペダルを踏み込むと、強化されたレリーズフォークとメタルクラッチのソリッドなフィールが足に伝わってきた。ステアリングを切り込むと機械式LSD(2WAY)が物々しくしゃくって、やる気にさせる。どうやらデフについてはオイルの選定ミスとのことで、普段はもっと穏やからしい(笑)。しかしその懐かしい感じも含めて、筆者にはこれが悪くないと思えた。 試乗コースは「モビリティリゾートもてぎ」の南コース。パイロンと白線で仕切られただけの極めてフラットなコースだけに、強化マウントやピロボールがもたらす乗り心地に関しては確認できなかったが、肝心なGに対する剛性アップの効果は、かなり高いとわかった。 その動きは、ひと言でいうと速くて正確。ブレーキングではポテンザ RE-71RSのグリップを一発で受け止め、ターンインへの移行がとても素早い。同じくターンミドルの旋回スピードもかなりシャープで、かつその動きに無駄がない。理想的なスポーツカーのコーナリングだ。 スプリングレートはフロント28Nm(約2.9kg-mm)/リア43.7Nm(約4.5kg-mm)と、驚くほどに普通だ。またダンパーケースは全長調整式だが、中身はオーソドックスなツインチューブ。車高も15mmダウンと、ファインチューンの域を出ていない。 つまりこれこそが、ボディ剛性向上の効果なのだろう。昨年この足まわりを試乗したときは、タイヤの銘柄が違ったこともあるが、もっと軽々しい動きだった。かつリアのトラクションが抜け気味で、オーバーステアには持ち込みやすいけれど、同時に底の浅さも感じた。 しかし今回の仕様は、どんどんブレーキングを詰めていきたくなる。動きが軽く、前のめりで運転を楽しめる。 聞けばTRD86が手本としたのは、かつてTRDが発売したコンプリートカー「14-R60」だという。なるほどその足下には14-R60専用のマグネシウムホイールが装着されていた。ちなみにセンターキャップには伝説の幻獣グリフォンが描かれている。それは筑波をNAエンジンのまま58秒407で駆け抜けた「TRDグリフォンコンセプト」のトレードマークだ。 そんなTRD86で唯一惜しいと感じたのは、腰が据わったシャシー性能に対して、純正パワステの操舵フィールが軽すぎることだった。 しかし開発陣はそこにも気付いており、現在アシストレベルを色々と実験中だという。またブレーキはフロント4ピストン/リア2ピストンのキャパシティを使って、サーボの効き具合を調整。さらにコントロール性を上げる方向もトライしているとのことだった。 昨年は安価なトヨタ86でまず「走る楽しさ」を提案してきたTRDだが、今年はワークスならではの手法でその質感をより一層高めてきた。 本当はこれがより安価な前期型であれば文句なしだったが、ともあれそこには、かつて走り屋たちがAE86で味わった、“ステップアップしていくワクワク感”があると感じた。 トヨタ86チューニングは、どんどん面白くなる! ■ ローコストでセッティングを学べるヤリス(CVT)ジムカーナ仕様 次はヤリスのジムカーナ仕様、これはXグレードのCVT車両をベースとしたストリートセッティングの提案だ。 ちなみにTRDは昨年もこの仕様を持ち込んでいるが、今年はベース車両をCVTモデルとすることで、さらなる手軽さをリコメンドしている。 もちろん“お手軽”といいつつも、その中身はかなり真面目だ。 エンジンは吸排気系もフルノーマルの直列3気筒1.5リッターエンジン(120PS)だが、足まわりには「TRD GYMKHANA-SPEC DAMPER」が組み込まれ、車高も50mmダウン。スプリングレートだけで見ればフロント78.4Nm(約8kg-mm)/リア49Nm(5kg-mm)と、86よりも剛性が引き上げられている。 またこの足まわりに対してアッパーマウントもピロボールタイプとしており(CUSCO製)、CVT用のGR機械式LSDまで装着されている。 走りの感触も、かなりピュア。 確かにエンジンパワーは非力だが、グレード「X」のカタログ車重は990kgと軽いから、引き締められた足まわりと共に高速コーナーの走りは軽快。そしてアクセルの全開率がとても高い。 タイトコーナーからの立ち上がり加速もレスポンスがいいとはいえないが、CVT制御をチューニングすることで、エンジン回転が落ちてもアクセルオンできちんと立ち上がっていく。また絶対的な車速は遅いから、慣れるとそのわずかなタイムラグ分を見越して早めにアクセルを踏んでいく工夫もできるようになる。 ただGが想定値を越えるとエンジンをリタードさせるのか、ブレーキングで攻めすぎると立ち上がりで失速する症状が出た。これについてはTRDも心得ており、さらなるCVTチューンも視野にとらえているとのことだった。 ということで1wayダンパーのフロント側減衰力をさらに高めてもらうと、この動きが少しだけ収まった。このダンパーは伸び側減衰力の調整が中心だから抜本的な解決にはならなかったが、他にもフロントスプリングにプリロードをかけながら車高を上げてフロントの剛性を高めたり、リアの減衰力を落として追従性を上げるといった調整を施せば、さらにターンしやすくなるだろうという感触がつかめた。 確かにヤリスはローパワーだけれど、車体はコンパクトで軽いし、こうした装備を施せばローコストでセッティングが学べる。 もちろん厳密にいえば6速MTの方が走りには向いているけれど、何よりCVTはタマ数が多く価格も安い。状況によっては普段乗りも十分できるし、ガンガン走って腕を磨く1台としてはバカにできないと思う。だからこそTRDには、今後もCVTの走りを磨き続けて欲しいと感じた。 ■ 実際にラリーに参戦しているパワフルなハイラックス 最後はクロスカントリー仕様のトヨタ ハイラックスだ。 試乗車はラリー北海道と、アジアンクロスカントリーラリーにも出場した現役マシンだが、その装備は「Stage1」と呼ばれるベーシックパッケージで、ラリーのレギュレーションに合致しつつ、必要最低限の装備を吟味して装着したものだという。 とはいえそのエンジンは直列4気筒2.4リッターディーゼルターボに大容量インジェクターとタービンキットを装着し、専用ECUで制御することで、最高出力がノーマルの150PS/3400rpmから231PS/3400rpmまで高められている。さらには最大トルクも400Nm/1600~2400rpmから、600Nm/1600~2400rpmまで向上している。 対するボディはオーバーフェンダーを装着し、17インチのラリータイヤを履かせた。足まわりはフロント・コイルオーバー/リア・リーフスプリングに別体式ショックアブソーバーを組み合わせている。 また室内にはFIAの安全基準に則ったロールケージが装着され、カーペット類ははがされていた。 いかつくデカい、競技仕様のピックアップトラック。 走り出してまず驚かされるのは、ノイズの大きさだ。プッシュボタンで簡単に目覚めるエンジンは、ディーゼル特有の振動がプルプルとしているくらい。発進も6速ATだからいたって簡単。 しかしアクセルを踏み出すと、遮音性などまったく求めていない室内に駆動系の音が“ヒューン!ガゴギグゲゴッゴッ!”と充満する。 感触を確かめようと低速でフルブレーキングすると、柔らかなラリータイヤは“パキャッ”とロックして、大きな車体が思い切りノーズダイブする。 こりゃあ……まともに走らせるとなると大変だ。でもなんだか自然と笑えてくる! アクセルを全開にすると分厚いトルクがブワワッと立ち上がり、ドッ! ドッ! というダイレクトなシフトアップと共に巨体がどんどん加速して行く。パイロンをなぎ倒すわけにも行かないから手前でフルブレーキングすると、また簡単にタイヤがロックする。もちろんABSも付いているのだろうが、それより先にラリータイヤが、加速度の付いた2.2tの車重に負けてしまうのだ。 コーナリングは、ものすごいロール。駆動方式は当然4WDで、リアにはLSDも入っているから、姿勢は基本アンダーステア。ターンインでブレーキを残してノーズをねじ込んで、立ち上がりからフルスロットルしてみたけれど、へっぽこなオーバーステアが出ただけで、この巨体をきれいにスライドさせるのは難しかった。 それもそうだろう、このピックアップはグラベル主体のラリーを走るコンペティションマシンなのだ。そのたっぷりとしたストロークは荒れ地で姿勢を保つためにあり、そのボヨヨンとした伸縮をコントロールしながら、荷重移動でコーナーをクリアして行く走りが求められるマシンなのである。 ちなみに「XCRスプリントカップ北海道」は2022年からスタートしたラリーであり、「ラリー・カムイ」と「ラリー北海道」の2戦は全日本ラリーに組み込まれているものの、あとは地方戦だからアマチュアドライバーのスキルでも十分参戦可能だ。実際にTRDの顧客でも一昨年ラリーを始めたばかりのドライバーが、TRDのサポートを受けながら練習を重ね、このラリーに出場している。またその次の大きな目標として、「アジアクロスカントリーラリー」を目指しているのだという。 こうしたラリーに出るうえで、ハイラックスは非常にコスパが高いマシンだという。車体は頑丈で壊れにくく、操縦性は穏やか。エンジンはトルキーで、6速ATだからグラベルでも運転がしやすいというわけだ。そして熟練するとハチロク並のタイムで、走れるようになるのだという。その豪快で大らかなハイラックスをドライブして、筆者も一度でいいから、ワイルドなラリー体験をしてみたいと思った。
Car Watch,山田弘樹,Photo:高橋 学,Photo:安田 剛