スマホが農業を変える?(上)トヨタが本気で取り組む農業のカイゼン
他分野でどう活用していけるかを模索
こうして従業員の作業量や残業が減る一方、肥料を効果的に追加するタイミングなどがデータの裏付けで分かり、収量の増加にもつながりました。これまでは勘と経験に頼っていた部分ですが、作業時間を管理していくことで「この時期がいい」とはっきり分かってきたのです。現在は春の育苗に関わる作業の25%、秋の作業の10%が減り、経費削減と生産性の向上が両立できているそうです。 ソフトは「豊作計画」と名付けられ、2014年にトヨタ自動車が鍋八農産など9社と共同開発を進めていると発表。農林水産省の「農業界と経済界の連携による先端モデル農業確立実証事業」にも採択され、開発にはずみがついていきました。 鍋八農産の他に石川県の農業法人なども導入し、16年度には全国16社に拡大。今春からは北海道士別市の3つの農業法人でシステム導入が決まり、2月下旬に北海道庁で連携協定の調印式が開かれました。 トヨタ自動車の広報担当者は取材に対し「豊作計画の開発はわれわれのモノづくりにおける『カイゼン』が他分野にどう活用していけるかを探る新事業の一つ。農業ではこれまで漠然としていた作業工程を明確化、見える化し、経営改善に役立ててもらうことができる。国や地域社会への貢献という意味ももちろんあるが、既にライセンス料などはとっており、きちんとしたビジネスとして取り組んでいる」と、その“本気”ぶりを強調しました。
一方、鍋八農産の八木社長は「ITはあくまで道具」だとも割り切ります。 「初めは戸惑っていた従業員が、何のためにデータを入力するのかを話し合ううち『有機農法に挑戦したい』などの提案も出してきた。人間が目的意識を持ってしっかり動いてこその道具ではないか」と指摘します。 社長自らもIT化をきっかけに、田んぼの「土づくり」や「顔の見える農業」といった「泥くさい」作業の大事さにあらためて気付いたといいます。一昨年からは地元の駅前に直営店「おにぎり商店きはち」をオープン。当日に精米したての米を運び込み、旬の食材と組み合わせた「おにぎり」を握り、おしゃれな店内で地元の人たちと交流をしています。こうした経営努力が評価され、昨年3月にはJAグループの第45回日本農業賞で「個別経営の部」大賞に選ばれました。 若手経営者が引っ張る鍋八農産はもともとポテンシャルが高く、ITという「道具」もうまく使いこなせた面があったでしょう。いわばスポーツカーに高性能エンジンがついたようなもの。では、そうではない場合でも加速できる“最新エンジン”を農業分野でもつくることができるのか。トヨタという企業の新たな力が試されることになりそうです。 次回は、大学を中心とした産官学によるIT農業の研究開発に迫ります。
--------------------------------- ■関口威人(せきぐち・たけと) 1973年、横浜市生まれ。中日新聞記者を経て2008年からフリー。環境や防災、地域経済などのテーマで雑誌やウェブに寄稿、名古屋で環境専門フリーペーパー「Risa(リサ)」の編集長も務める。本サイトでは「Newzdrive」の屋号で執筆