「おじいちゃん、おばあちゃんのお菓子」じゃない!脳梗塞を乗り越えた8代目が挑む「煎餅のシズル感」 銀座で220年、老舗が手がける煎餅の再構築とは ~松﨑商店前編
◆「シズル感」あふれる煎餅
――ここから、次のフェーズである「再構築」へと移行されていくわけですね。 松﨑 新型コロナウイルスの影響が大きいですね。 売上がかなり厳しくなって、会社ももう数年で倒れるという状況でした。 再定義だけではなく、プロダクトそのものを構築し直さないと、もっと面白いことはできない。 この苦境を突き抜けられないと考えたんです。 再構築にあたって、もっとも意識したのは“シズル感”(※食欲や購買欲を刺激するみずみずしさ)。 煎餅って、メディアで紹介されても反応が鈍いんですよ。 みずみずしさやツヤ感がないので食欲をそそられないんですよね。 そうしたマーケティングの視点から生まれたのが、「MATSUZAKISHOTEN」のカフェコーナーで提供している「松崎ろうる」です。 柔らかく焼き上げた瓦煎餅に小豆餡やカラフルな白玉を挟んだもので、絵として映える。 夏場はかき氷も展開しています。 ――煎餅屋という枠組みや伝統を大きく揺さぶる試みですね。家業に入られる前は、ITベンチャーでアートディレクターを務められていましたが、その経験も生きているのでしょうか? 松﨑 店舗やパッケージのデザイン監修という、スキルとして役立っています。 私はITベンチャーにしろ煎餅屋にしろ、仕事のやり方は全て同じだと思っているんです。 販売、営業、社長の私に至るまで、スタッフがやるべきことはごくシンプル。 物事をきちんと分析して課題を見つめ、強みを伸ばす……その継続です。 見た目や店構えから革新的とよく言われますが、中身は超保守的なんです(笑)。
◆脳梗塞、コロナ…波乱のなかでの「本店移転」
――ITベンチャーから煎餅屋への転身はギャップもあったのではないですか。 松﨑 パソコンすらありませんでしたし、メールアドレスは父と営業、工場の3つだけ。会社のロゴがほしいと言えば、紙の原本をぺらっと渡されて(笑)。すべてが衝撃的だったので、IT関係の整理から始めました。ホームページも当初は私一人でつくって運営していました。社員との交流の面でも、始めは私もITベンチャーでの言い回しが抜けず、横文字だらけの言葉でダーッと話していて……あれは嫌がられただろうなあ。「松崎商店での共通言語」を徐々に会得していきました。 ――社長に就任されたのは2018年ですね。 松﨑 ええ、でも翌年に脳梗塞で倒れて2ヵ月ほど入院したんです。 言葉もうまく喋れないし半身も軽く麻痺してしまって、社長業らしいことといえばハンコを押すくらいでした。 退院後、いよいよ仕事を頑張らねばというタイミングでコロナが始まり…… 思えばずっとドタバタしていましたね。