「インディアン」も「ジプシー」も差別用語ではない…異常な"言葉狩り"にアメリカ先住民族がついに声を上げた理由
■パンフレットに書かれていた“真意” しかし、興味深かったのは、購入したプログラムを帰宅してから読んだ時のこと。そこには、ライプツィヒ大学の音楽社会学の研究者、ヴォルフガング・フーマン教授の短い寄稿があり、このカルメンの公演において、オペラ座の舞台の上方に表示される対訳に、「ジプシー」という言葉をそのまま使っている理由が記されていた。 この言葉はもちろん、「ジプシー」の迫害の歴史、特にナチ政権下の収容所での2万1000人にも上るジプシーの殺害などと深く結びついており、カルメンが歌うように「恋はジプシーの子」、「私が惚れたら御用心」などという明るいものではない。ただ、言葉を変えただけで、歴史が修正できるというのは偽善であるというのが、フーマン氏の論考の趣旨だ。 ■白人の優越感と差別意識の裏返しである さらに、ここに添付されていた、2009年のノーベル文学賞の受賞者であるヘルタ・ミュラー氏の言葉が印象的だった。ミュラー氏はルーマニア系のドイツ人で、ソ連占領時代のルーマニアにおける少数民族の迫害などについての作品があり、当然、チャウシェスク政権下では反政府作家として抑圧されていた。同政権崩壊の2年前にドイツに移住し、今はベルリン在住。ちなみに、ルーマニアは、今でもロマ、シンティが非常に多く住む地域だ。 そのミュラー氏の言葉の引用部分は下記だ。 「私は“ロマ”という言葉を携えてルーマニアに行き、当初、対話の中でそれを使用していたが、それが故に、あらゆるところで壁に突き当たった。『われわれはジプシーであり、皆がわれわれを正当に扱うなら、この言葉は良いものだ』」 私はかねてより、キャンセルカルチャーとは白人による優越感や差別意識の裏返しであると思っていたが、それをインディアンとジプシーが完膚なきまでに証明してくれたように感じている。言葉は差別を隠すだけで、決して無くすわけではないのだ。 ---------- 川口 マーン 惠美(かわぐち・マーン・えみ) 作家 日本大学芸術学部音楽学科卒業。1985年、ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ライプツィヒ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。2013年『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、2014年『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)がベストセラーに。『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)が、2016年、第36回エネルギーフォーラム賞の普及啓発賞、2018年、『復興の日本人論』(グッドブックス)が同賞特別賞を受賞。その他、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民・難民』(グッドブックス)、『世界「新」経済戦争 なぜ自動車の覇権争いを知れば未来がわかるのか』(KADOKAWA)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)、『左傾化するSDGs先進国ドイツで今、何が起こっているか』(ビジネス社)がある。 ----------
作家 川口 マーン 惠美