生まれてすぐ「のみたいよー」と叫びミルクとワインをがぶ飲み…文学史上「最大級」の赤ん坊とは?(レビュー)
書評子4人がテーマに沿った名著を紹介 今回のテーマは「赤ん坊」です *** フランソワ・ラブレーの小説『ガルガンチュア』(宮下志朗訳)の主人公こそは、フランス文学史上、そしておそらく世界文学史上でも最大級の赤ん坊である。 何しろこのガルガンチュアちゃん、まさしく巨人として生まれてきた、想像を絶するスケールの赤ん坊なのである。いや、ちゃんなどと馴れ馴れしく呼ぶべきではないだろう。なにしろやんごとなき国王の長男なのだから。 しかも生まれ落ちるとすぐに「のみたいよー」と叫んだというのだからいよいよ只者ではない。さすがはご馳走と酒に目がない両親の血を引いた王子である。普通の赤ん坊同様にミルクも飲むが、そのためには「乳牛一七九一三頭」が必要となった。 とはいえ誕生と同時にワインを「たっぷりと一気飲み」させてもらったのは確かで、そののちに洗礼を授けられたのだった。 十六世紀フランス・ルネサンス文学の精神を一身に具現するラブレーの本領は、まさにそうした馬鹿馬鹿しくも笑いを誘うほら話に表れている。教会よりもワインを優先させる点に、現世での幸福を尊ぶ大らかな人間中心主義が打ち出されているではないか。 その後、幼児期には「尻ふき方法」の研究で成果を上げたのち、長じては臣下に恵まれて天下を平定し、ユートピア的修道院を建立する。独裁者とは程遠い名君となったのだ。その息子パンタグリュエルもまた、父に負けない巨人として生まれたことは言うまでもない。 [レビュアー]野崎歓(仏文学者・東京大学教授) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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