家族とは離れ離れ、通院は片道1時間… 原発被災地で暮らす80歳「最期の時はふるさとで」 #知り続ける
不安よりも不満…高齢者には切実な医療の課題
ただ、とし江さんと息子は現在も南相馬市に残っている。見えない放射線への不安を拭いきれないためだという。 「女房にがみがみ言われなくて済む。でも周りにも住んでいる人はいないし、1人で暮らすには不便もある」 気楽だと笑う目の奥に、寂しさがにじむ。 とし江さんは定期的に家の掃除に来てくれるが、一緒に過ごす時間は半日ほどですぐに南相馬市に戻ってしまうという。末永さん自身も戻った当初から放射能への不安がなかったわけではないが、懐かしいふるさとで過ごす日々を重ねるにつれ、そうした気持ちは薄れていった。「ふるさとは落ち着く」とは言うものの、家族とは離れ離れで、顔馴染みのご近所さんも戻っていない生活は孤独だ。 大熊町での暮らしに感じる不満も多い。特に買い物環境、そして医療環境の不十分さが切実な課題だ。買い物については町内にも商業施設があるが、末永さんは「品ぞろえが物足りない」とマイカーで隣町まで買い出しに行くという。医療についても自宅近くに大熊町診療所が開設されてはいるが、診療科目は内科だけで診療時間は週2日の午前中のみ。心臓病の持病がある末永さんは1カ月半に1回ほどのペースで、片道1時間かけて南相馬市の総合病院まで通っている。 「おできが出来たけど、南相馬市の皮膚科でもらった薬を使ったら1週間ほどで治った。 やっぱりいろいろな診療科目のある病院がいいね。」 数年前には車の免許の更新で目の異常が見つかり、白内障の手術を受けて免許を再交付してもらった経験もある。80歳という年齢で、またいつ、どんな病魔に襲われるかも分からない。「もう死ぬかもわからないね」と寂しげに笑う。 大熊町に限らず原発事故による避難指示が解除された地域では、末永さんのように健康への不安を抱えながら1人で暮らす高齢者は少なくない。
医療環境が置き去りの背景に地方共通の課題である医師不足
町で唯一の医療機関である大熊町診療所で所長を務める山内健士朗医師は、さまざまな健康問題の初期対応にあたる家庭医療の専門医として、医療人材の不足を訴える。福島県立医大の地域医療支援センターによれば、県内の医師の数は2020年末の時点で人口10万人当たり212.3人と全国で42番目の少なさ。特に原発事故による避難指示が出ていた地域では再開していない医療機関も多く、医師の数は震災前の7割ほどに留まっている。役場や診療所には、診療日以外に体調不良を訴える電話がかかって来ることもあるというが、山内医師自身も南相馬市の病院と大熊町の診療所を兼務している状態で、診療日をこれ以上増やすのは難しい。また、診療所に常備している薬の種類には限りがある上、町内には薬局がないため、処方された薬を受け取るために町外の薬局まで出向かなければならない場合もある。安心して医療を受けられる環境とは言い難い。 「高齢者のためには医療だけではなく、生活面や家庭環境まで含めてケアできればいいが、そこまで至っていない。」 1人でも多くの町民にかかりつけ医として関わりたいと願う山内医師だが、マンパワー不足は認めざるを得ない。