『【推しの子】』メルト回は想像を超えた神作画に 見事だった“手”の演出を読み解く
『【推しの子】』第17話は、ついにきた神回としか言いようがない。原作漫画でも人気のエピソードでもある“メルト回”をこうも仕上げてきたとは。ある意味では、ここまでひたすらに原作の実写化(またはアニメ化・舞台化)の嫌な部分を描いてきた本作。しかし、ある意味では、ときにそうした全てをひっくり返してしまうほどに、メディアミックスには大きな魅力がある場合もあると証明する回だったのではないか。 【写真】第17話のコンテ演出を務めた猫富ちゃおのXポスト Aパートでは、幕を開けた『東京ブレイド』を客席とステージを見渡す形で、やや引いた視点から描き出す。ステージアラウンドの特徴である360度全てに展開されるステージを活かし、1話冒頭と同様に観客目線の長回しの手法を採用している。原作では観客のリアクションをメインに舞台の高い完成度を表現していたが、アニメでは「舞台をそのまま見せる」という手法を採用。これにより、観客の反応だけでなく、パフォーマンスの細部まで鑑賞者に伝わってくるわけだ。この演出は、『東京ブレイド』の魅力を余すところなく伝える上で非常に効果的だと言えるだろう。 その上で、より演劇としての見せ方が上手いと感じたのが、「高さ」の見せ方である。定点カメラのような視点で、まずは巨大スクリーンを含めたステージ全体を見せ、さらにワイヤーアクションを強調することによって、劇場の立体感が伝わりやすくなっている。キャラクターが宙を舞う様子は、アニメーションならではのダイナミックな動きで表現され、原作以上の迫力を感じさせた。さらに役者の背後で流れる映像や照明、舞台内の音響効果で舞台に高低差も加える。この立体的な演出により、フラットな紙面では表現しきれなかった舞台の奥行きや躍動感が見事に再現されていたのではないか。 第17話の明らかな主役は、冒頭で触れた鳴嶋メルトだ。『きょうあま』での星野アクアと有馬かなとの共演以来、『東京ブレイド』で再会した彼は、ノリの良さと容姿の良さで芸能界を渡り歩いてきたタイプだ。しかし、劇団ララライのメンバーをはじめとした実力派が集まる今回の現場で、演技については誰よりも苦労しているキャラクターでもある。 メルトがアクアや鴨志田との間に感じる実力差、そして心理的な劣等感は、高低差の表現で巧みに示されている。例えば、アクアにアドバイスを求めるシーンでは、階段上にアクア、下にメルトを配置していた。 そんなメルトの最大の見せ場は、1分間の感情演技だ。アニメオリジナルの抽象的な心象表現が効果的に使われていたこのシーンでは、「情けなく、みっともなく、悔しい」今の自分と重ね合わせた心情が、痛いほどに伝わってくる。メルトがこれまでの自分の人生全てを詰め込んだ感情演技に、SNSでも「メルトくん」がトレンドに上がった。 メルトは天才ではない。だからこそ、アクアやルビーが先天的に持つ才能を表す星を、必死に掴もうとしてもなかなか届かない。それでも、星の光に包まれ、彼らが見る“景色”を知ることができた。それはもちろん、彼自身が血の滲むような努力で掴み取ったものだ。拳から滴り落ちる血からキザミが生まれる、というアニメオリジナルの演出も素晴らしい。前田誠二の演じ分けもあいまって、『きょうあま』での「ヒトリニサセネーヨ!」からは想像もつかないメルトの「成長」を象徴的に表現していた。 さらに劇伴については、Bパートのメルトの決め技付近からはフィルムスコアリングの手法で作曲されているという。こうして、音楽と映像が見事に調和した“メルト回”が出来上がったわけだ。(※) さらには「手」の対比も印象的だ。『きょうあま』での自分の演技の酷さに直面し、そっと画面をおおうメルトの手。傷ひとつない綺麗な手を見ながら、自分の不甲斐なさと、誰かの大切な作品を台無しにしてしまった後悔に彼はボロボロと泣くのである。だからこそ、誰よりも熱心に、手にマメができるほど懸命に努力する彼の姿は、視聴者の心を打つ。かつて綺麗な自分の手を見ながら泣いたメルトが、今度はボロボロになった自分の手を見ながら誇らしく笑う。その変化は、メルトの俳優としての、そして一人の人間としての成長を雄弁に物語っていた。 いよいよ次週は、メルトからバトンを託された役者たちの熱い戦いが幕を開ける。次に「成長」を見せるキャラがどう舞台で「化けて」描かれるのか、いち観客として楽しみだ。 ■参考 ※ https://x.com/nekotomi1006/status/1821326615726714975
すなくじら