ヒトラー南米逃亡説、戦時下に計画されたナチス絡みの陰謀…映画で描かれたナチスドイツの“if/もしも”
来たる2025年、日本は終戦80年を迎えることになる。直近では、戦時中にタイムスリップした女子高生を描いた『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(23)がヒットを記録し、若い観客層の間で特攻隊に対する議論が起こったことも記憶に新しい。また、今年開催された第96回アカデミー賞では、『オッペンハイマー』(公開中)や『関心領域』(公開中)、あるいは『君たちはどう生きるか』(23)や変化球的に『ゴジラ-1.0』(23)も含めて、第二次世界大戦を題材にした作品の受賞が特徴の一つだった。忘れてならないのは、第二次世界大戦が全世界的な出来事だったため、アメリカやヨーロッパの諸国においても、終結から80年の歳月が流れていることにある。そういった点で、映画製作の面においても戦中のナチスドイツによる蛮行を風化させてはならないとする姿勢が、いまなお変わることがないことは重要だ。 【写真で見る】家でお茶を飲みながら一緒にチェスをする隣人はヒトラー!?(『お隣さんはヒトラー?』) 7月26日(金)より公開される『お隣さんはヒトラー?』は「ヒトラー南米逃亡説」を基に、アドルフ・ヒトラーが生きていたら?という実際に起こり得たかもしれない“if”=“もしも”の世界線を大胆なアプローチで描いた作品。舞台となるのは、ナチス政権が崩壊して15年になる1960年の南米コロンビア。一軒家で穏やかな余生を過ごしている老人の隣に引っ越して来た人物が、59歳で死んだはずのアドルフ・ヒトラーに酷似しているということから始まる疑念が描かれてゆく。この映画が秀逸なのは、主人公の老人ポルスキー(デイヴィッド・ヘイマン)が、ホロコーストで家族を失い、生き延びた人物だという設定にある。ホロコーストを題材にすることは即ち、ナチスの蛮行を描くことにつながるからだ。BS10 スターチャンネルでは、STAR CHANNEL MOVIES『お隣さんはヒトラー?』公開を記念して、「戦後も残るナチスの影」と題して、ナチスドイツが降伏した第二次世界大戦後もナチスの与えた影響を受け、人生の岐路に立たされる人々を描いた作品を特集。今回は、『お隣さんはヒトラー?』と特集作品を軸に、映画で描かれたナチスドイツの“if/もしも”を探った。 ■アカデミー賞でオスカーを獲得した2つのホロコースト映画 第66回アカデミー賞で作品賞に輝いたスティーヴン・スピルバーグ監督作『シンドラーのリスト』(93)や、ロベルト・ベニーニが第71回アカデミー賞で主演男優賞に輝いた『ライフ・イズ・ビューティフル』(97)は、ホロコーストを描いた映画の代表格。そのホロコーストから生還した者のなかに、海外へ居住の地を求めた人々がいたことは、シドニー・ルメットが監督した『質屋』(64)や、アラン・J・パクラが監督した『ソフィーの選択』(82)などでも描かれていた。一方で、かような作品群のなかには、ホロコーストに関与したナチス党員や親衛隊隊員の情報を収集し、彼らの行方を突き止める「ナチ・ハンター」と呼ばれる活動家たちの姿を描いたものもあった。例えば、ヒトラーのクローン再生を阻止しようとするフランクリン・J・シャフナー監督作『ブラジルから来た少年』(78)のようにSF要素をもたせたフィクションがあれば、認知症が進行している主人公が友人に代わってナチスの生き残りに復讐を果たそうとするクリストファー・プラマー主演作『手紙は憶えている』(15)のようなサスペンス映画もあり、題材やジャンルは多岐に渡り、その例は枚挙にいとまがない。 ■ナチス政権崩壊から70年後となる2015年、時代は動いた! 『お隣さんはヒトラー?』の劇中では、逃亡中だったアドルフ・アイヒマンがアルゼンチンで拘束されたというニュースで世間が賑わうというくだりがある。アイヒマンは、アウシュヴィッツ強制収容所へのユダヤ人大量移送に関与し、指揮的な役割を担った人物。この拘束劇もまた、映画の題材になってきたという経緯がある。ブルクハルト・クラウスナー主演作『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(15)やマーティン・フリーマン主演作『アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち』(15)はその代表だが、ポルスキーが隣人の正体を暴こうとすることに執念を燃やす背景には、そういった時代背景も関係している。そして、現代においてもかような遺恨が映画で描かれ続けていることに、前述した“戦中のナチスドイツによる蛮行を風化させてはならないとする姿勢”を感じさせることは言うまでもない。 この2つの作品は、共にナチス政権崩壊からちょうど70年後にあたる2015年に製作されている映画だという共通点があることも見逃せない。終戦70年にあたるこの年、ナチスを題材にした映画が多く製作されていたからである。例えば、強制収容所での延命を条件に、ユダヤ人の死体処理を担った「ゾンダーコマンド」と呼ばれる囚人たちの姿を描いたネメシュ・ラースロー監督作『サウルの息子』(15)は、第68回カンヌ国際映画祭でグランプリ、第88回アカデミー賞では当時の外国語映画賞に輝くなど高い評価を受け、マーチン・ピータ・サンフリト監督作『ヒトラーの忘れもの』(15)、『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(15)、『こころに剣士を』(15)、『黄金のアデーレ 名画の帰還』(15)、『帰ってきたヒトラー』(15)、先述の『手紙は憶えている』など、多くの映画が日本でも公開された。 ■ナチスに侵略されたヨーロッパ諸国にとってのリアルを伝える2作 これらの作品のうち、「STAR CHANNEL MOVIES『お隣さんはヒトラー?』公開記念特集:戦後も残るナチスの影」としてBS10 スターチャンネルで放送される『ヒトラーの忘れもの』は、戦後のデンマークで異国に置き去りにされたドイツの少年兵たちが、ナチスが海岸線に埋めた地雷を素手で撤去したという史実を基にした作品。まだ10代の少年兵とはいえ、デンマーク側にとって彼らは母国を侵略した憎き存在。それでも、命をかけた過酷な作業に従事させて良いものなのか?とデンマーク人の軍曹は葛藤するのである。やがて、少年兵たちとの親子にも似た絆が生まれてゆくプロセスを、緊迫した地雷処理と並行して描いてゆくのだが、そう易々と本当の意味での和解は訪れない。本作はデンマークとドイツの合作だが、特集での放送のほかに、Amazon Prime Videoチャンネル「スターチャンネルEX」でも独占配信されるオスカー・ソー・アクセルソン監督作『オペレーション・ナポレオン ナチスの陰謀』(23)はアイスランドとドイツの合作。前述作品の製作国に注目すると、ハンガリー、フィンランド、エストニアなどであることが窺え、被害を受けた国がヨーロッパの広範囲にわたっていたことを裏付ける。 ■ナチスによって企てられた「ナポレオン計画」の恐るべき全貌 『オペレーション・ナポレオン ナチスの陰謀』は、2023年にアイスランドで公開されたばかりの日本初上陸作品。『湿地』(06)が映画化されているアイスランドの作家アーナルデュル・インドリダソンの小説を基に、氷河地帯で雪に埋もれた状態のまま発見された第二次世界大戦時代の飛行機の残骸を巡って、国際的な陰謀に巻き込まれてゆく女性の姿が描かれてゆくサスペンスだ。日本語吹替版では、水樹奈々、福田賢二などの人気声優が主要キャストの声を担当。また、「ゲーム・オブ・スローンズ」(11~19)のジョラー・モーモント役で知られるイアン・グレンの吹替えを大塚明夫が担当している。戦時下でナチスによって企てられ、実現することのなかった「ナポレオン計画」の存在。その陰謀が現代の女性に危機を及ぼす展開は、戦後もナチスの影が社会に残り続けるという由縁にもなっている。 2015年前後にナチスを題材した映画が日本で公開された際、「食傷気味」との心ない意見も散見されたことがある。だが、各々の作品は一つとして同じことを描いているわけではないのである。1950年代末のドイツを舞台にした『顔のないヒトラーたち』(14)も、2015年に日本で公開された作品の一つ。劇中では、第二次世界大戦の記憶が当時のドイツで既に薄らぎつつあることに対する懸念を指摘していた点が印象的だった。さらに、1958年までアウシュヴィッツの存在がドイツ国民に知らされていなかったため、ナチスの残党が教員として平然と学校教育に関わっていたという衝撃の事実も描かれ、映画を鑑賞することが私たちにとって知られざる歴史を広く知らしめる機会にもなっていた。 ■ナチス幹部の子どもたちの“その後”に迫った『さよなら、アドルフ』 同じく特集で放送されるケイト・ショートランド監督作『さよなら、アドルフ』(12)も、それまで映画で描かれてこなかったナチス幹部たちの子どもたちの“その後”を描いた作品という点が重要だ。終戦後、ナチスがユダヤ人に対して行った残虐行為について初めて知ることになった14歳の少女。彼女はユダヤ人青年との出会いによって、それまで信じてきた価値観やアイデンティティが揺らいでゆくのである。本作では、世間の冷たい視線を浴びるナチス幹部の子どもたちに対して、ユダヤ人青年が救いの手を差し伸べるくだりにある。『お隣さんはヒトラー?』でも、“絶対悪”とされるナチスを指揮したヒトラーと、ホロコーストの被害者である老人ポルスキーとの間に起きたあり得ない選択に対して、説得力を伴いながらコミカルに描いてみせている。犠牲者の数だけドラマがある。だからこそ、「知らないかもしれない事実に目を向けてみよう」という姿勢で、戦後も残り続けるナチスの影を描く映画とわたしたちは向き合い続けたい。 文/松崎健夫