「耳が聞こえない」映画監督、57日間の日本縦断自転車の旅に
生まれつき耳が聞こえない、コミュニケーションが苦手。そんな自分に向き合うために挑戦したのは、57日間にもわたる日本縦断の自転車旅行だった。聴覚障害のある映画監督、今村彩子(37)さんは、自身を被写体にした映画『Start Line』(スタートライン)を撮影。旅を終えて1年経った今、「肩の力が抜けてより生きやすくなった」と振り返る。
映画を作る「原動力」
今村さんは小学生の頃、字幕付きの洋画をよく観ていた。家族でテレビを観ている時、独り楽しめないでいる娘に父親が借りてきてくれたのだ。9歳の時、映画『E.T』に出会った。言葉の通じない宇宙人と少年とが交流を深めて徐々に仲良くなっていく過程に、自然と「聞こえる友達」と「聞こえない私」を重ねていた。 「私もこういう映画を作れるようになりたい」 そうして映画監督を志望するようになった。 中学、高校は聾(ろう)学校に通い、大学は愛知教育大学へ進学。在学中、19歳で米・カリフォルニア州ノースリッジ大学に1年間留学し、映画制作と米国手話を学んだ。帰国後、20歳で初めて撮った映画は、愛知・豊橋市の母校のドキュメンタリーだ。 「耳が聞こえない人の気持ちを知ってほしい。その気持ちを原動力に、16年間映画を撮り続けてきました」
旅の1日目から波乱万丈
2011年に公開された『珈琲とエンピツ』で、今村さんは耳が聞こえないサーフショップの店長を撮った。「聞こえない」ことを気負わず、笑顔で接客し、来店者に慕われる店長。 「その姿を見て、私もこうなりたいと思いました。その実践編として制作したのが『Start Line』です」 友人であり、自転車ショップ店員の堀田哲生さんには伴走者と撮影者の二役をお願いした。宿泊費や撮影機材などはクラウドファンディングやスポンサー等からの援助を得て、足りない分は自費で補った。 これは「コミュニケーション」がテーマの旅だ。「自転車がパンクしたら自力で解決する」、「旅で出会った人との会話を通訳しない」など予め伴走者とのルールを5つ決めた。2015年6月30日に在住の愛知県から沖縄県へ移動。翌日7月1日に沖縄県宜野湾市を出発。8月26日にゴールの北海道宗谷岬に着くまで、26の都道府県を縦断した。スポーツ用自転車の運転もまだ初心者に近い中、知らない道を毎日約70km走り、翌日の宿泊場所の予約をし、カメラを回し続けたことは予想以上に大変だった。初日から自転車の走行ルール等で堀田さんに怒られたり、フェリーが天候で欠航したりと、ハプニング満載の日々が続いていった。