裏金問題で行き場を失いつつあった一場

【菊地敏幸　辣腕スカウトの虎眼力（40）】2004年10月、球界は混とんとしていました。いわゆる元明大投手だった一場靖弘投手獲得を巡る「裏金問題」が明るみに出た時期でした。 　当時の阪神・久万オーナーの自宅に「怪文書」といわれる告発文が届きました。このあたりは当時を振り返る記事や書籍からの情報も参考にしています。それぞれの立場で各球団の関係者が対応に右往左往した時期です。 　すでに8月には巨人が一場に対して現金の供与があったことを明かし球団代表、球団社長にとどまらず渡辺オーナーまでもが球団を去るという事態になっていました。 　それが10月になって横浜も阪神も同様に一場に対して現金を渡していたという事実が発覚。阪神としても対応を急がなければなりませんでした。 「阪神のスカウトから数回にわたり、非常識な金が一場投手に渡っていた」という告発。指摘についてはその文書の通りなのか。球団としては当然、調査を本格的に行う必要があったはずです。 　当時、一場を担当していた阪神のスカウトは私です。前年の03年12月に車代として3万円、翌04年1月と3月に食事代として10万円と車代1万円を供与していたという事実が明らかになりました。内部調査した結果、総額25万円ということでした。 　いまさら、そんな事実はありませんでしたなどと言うつもりはありません。ただ、私とて組織の人間です。ダイエー入りした早大・和田毅の獲得を目指し会食した際も、その1学年下の鳥谷敬の獲得を狙った時も球団に無断で経費を使用することなんてあり得ませんでした。それは一場獲得へ向けた動きに関しても同様でした。 　他球団のことは把握していませんが、横浜は一場に03年12月から翌04年5月にわたっての総額約60万円を渡していたとのこと。当初、横浜の担当スカウトは球団の事情聴取に対し「現金は渡していない」と報告していたと報道されています。 　阪神も当時の野崎球団社長が金銭の授受を否定していました。公には横浜も阪神も虚偽申告していたということになります。この結果、横浜は砂原球団オーナー（TBS会長）が辞任。阪神は久万オーナーが辞任し、当初は辞意を表明していた野崎社長が球団幹部に降格という形で球団に残り事後処理を行うことになりました。 　一連の流れで一場の獲得を目指していた各球団は指名に消極的にならざるを得ない状況となりました。とはいえ、もうドラフト直前です。一場自身も一時はNPB入りを諦めて米球界、台湾球界入りを模索したとも聞きます。 　皆さんも忘れかけているかもしれませんが、04年はドラフト問題でも混乱しましたが、球界全体も大混乱でした。04年といえば6月13日に発覚したオリックス、近鉄の球団合併構想を発端とした球界再編問題で球界が揺れた時期です。 　ドラフトももちろん大切な戦力補強の場です。とはいえ、10球団1リーグ制を推し進める球界再編問題は全ての球界関係者に関わる大問題でした。これだけ球界が混とんとしている中でドラフトの目玉選手に裏金問題が発生するとは…。こんな状況はもう後にも先にも起こらないかもしれません。 　行き場がなくなったドラフトの目玉。一場の行き場として浮上するのは球界再編問題を経て生まれた新規参入球団であったのも不思議なご縁でしょう。