ジャニーズ問題は「氷山の一角」...いまだ日本の会社内で見て見ぬふりされる「時代遅れの価値観」はこんなに
変革への圧力が高まるか
「企業戦士」という言葉があるように日本では理想的な社員は常に男性だったと、一橋大学大学院経営管理研究科の小野浩教授は指摘する。男たるもの家事子育ては妻に任せ、会社のために死力を尽くすべし、という風潮があった。 だが日本経済が長期の停滞に陥った上、婚姻率が下がり働く女性が増えて、この想定は崩れつつある。今では、社員の事情に配慮して転勤のないポストを用意する企業も出てきた。 コロナ禍でリモートワークが広く導入されたことも働き方を見直すきっかけとなった。昭和の就労形態に固執している企業は「転換を進められず、競争力が低下するだろう」と、小野は手厳しい。 人口の減少と少子高齢化が進むなか、企業は潜在的な労働力の掘り起こしに力を入れているようだ。その証拠に英シンクタンク「公的通貨・金融機関フォーラム」(OMFIF)の2023年8月のレポートによれば、日本の雇用者数は16年6月の6500万人から23年4月には6740万人に増えた。これはパートや契約社員が減り、正社員が290万人増えた結果だ。 労働供給が逼迫しているため、若い世代の求職者はバブル後世代よりも強気で雇用側と渡り合える。OMFIFは、今の日本の若者は親世代よりも所得水準が高くなると予測し(これは世界でも例外的な現象だ)、日本は「人口統計上のスイートスポット(最適な場所)にある」と結論付けている。 しかし、世界規模の人材争奪戦が激化するなかで、日本は十分な労働力を確保できるのか。ほぼ全ての先進国がさらなる労働力を求めている一方で、中国やベトナムなどの国でも10年代半ばを境に生産年齢人口が減り始めている。 リクルートワークス研究所が昨年示した予測によると、日本の労働力不足は30年には341万人に、40年には1100万人に達する見込みだ。1100万人といえば、現在の近畿地方の全就業者に匹敵する人数だ。日本企業は国内外の働き手たちに、日本が働きやすく、暮らしやすい場所だと思わせるために努力を払わなくてはならなくなる。 ここで無視できない要素の1つが人権だ。旧ジャニーズのスキャンダルが大々的に報じられる前から、日本企業に対しては投資家、外国政府、人権団体などから厳しい目が注がれていた。 ウイグル人を強制労働させていると批判される中国・新疆ウイグル自治区産の綿花を使用する日本企業へのボイコット・キャンペーンが展開されたことは記憶に新しい。「人権尊重に対応しない多国籍企業は国際市場での競争力を失っていく」と、ある国連関係機関の日本人職員(匿名希望)は言う。 こうした状況の下、石井によれば、当初は前向きではなかった日本企業の間でも、変化のペースが加速し始めたように見えるという。 日本政府は22年9月、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定した。このガイドラインに法的拘束力はないが、企業には、①人権方針の策定、②人権デューデリジェンスの実施、③救済メカニズムの構築、が要求されることになった。 アメリカの雇用・労働法専門の法律事務所リトラー・メンデルソンによれば、日本の大企業の64.8%が既に、このガイドラインに沿って人権方針を策定しているという。 変革を求める圧力はさらに高まりそうだ。国連人権理事会の「ビジネスと人権」作業部会は、昨夏に日本の状況を調査していて、今年半ばに報告書を公表する予定だ。作業部会によると、報告書では女性や先住民族、被差別部落出身者、障害者、外国人労働者、性的少数者への差別など、日本社会で長年続いてきた問題を取り上げる方向だという。 「品質だけでなく、人権に配慮しているかということも見て、製品やサービスを選ぶ時代になってきている」と、石井は言う。 近年注目が高まっている人権問題の1つは、性的少数者の権利だ。米世論調査会社ピュー・リサーチセンターの調査によると、日本では同性婚の合法化を支持する人の割合がアジアで最も高い(68%)。この割合は、19年にアジアで初めて同性婚を合法化した台湾を上回っている。