【AIとアート 入門】後編:「AI画家」のつくり方。ハロルド・コーエンの歴史的挑戦に見るAIのこれからの可能性(講師:久保田晃弘)【特集:AI時代のアート】
自分の分身としてAIをつくった画家ハロルド・コーエン
──これからのAIとアートを考えるうえで、歴史的に注目する存在はありますか。 久保田:AIとアートを結びつけた歴史的な事例として、ハロルド・コーエン(1928~2016)という画家の実践を知ってもらえれば、と思います。ディープラーニングや機械学習とは異なるアプローチで、AIを用いたアート制作を行い続けた貴重な試みで、今後のAIを考えるうえでも、参照項のひとつになると思います。 いまの大規模言語モデル以前の、伝統的な人工知能や機械芸術のイメージは「ロボットアームが筆を持って絵を描く」というものでした。ジリンスカの『AI ART』の冒頭でも、アンドリュー・コンルーが創設した「ロボットアート」コンテストが紹介されています。ロボットとアートの歴史は長く、AIと同じくその起源はサイバネティクスに遡ります。「ロボットが絵を描く」というイメージのなかで、アートも記号的推論による第1世代、知識工学による第2世代のAIと出会いました。その根底にあったのは、普遍的、超越的な何ものかをつくるというよりも、むしろ自分の創作を支援する、あるいは代行してくれる、ある種の分身をつくろうとすることだったように思います。 そうした自分の分身としてのAIをつくることに、生涯をかけて取り組んだのが、ハロルド・コーエンでした。コーエンが作ったコンピュータ画家「アーロン(AARON)」は、芸術と人工知能が邂逅した史上初めての事例と言われています。AIと美術が、理念や言葉ではなく、ひとりの作家の生き方と出会ったのです。 ヴェネチア・ビエンナーレやパリ・ビエンナーレにイギリス代表として参加し、ドクメンタ3にも出展するような、生粋の画家だったコーエンは、1960年代の後半にコンピュータに出会うと、やがて「これからは僕が描くのではなくて、僕の分身としてのコンピュータが絵を描く」と考え始めました。 当時のコンピュータ・アートの多くは、ロジックやアルゴリズムによって、幾何学的、抽象的な図を描いていましたが、コーエンは広義の具象を目指しました。その出発点は、画家としての自分が持っていたスキル、つまりものをどうやって見ているか──たとえば輪郭や奥行きを見ることや、陰影を見ることでした。そして、そうした人間のものの見方を、ひとつずつ記述してコンピュータに伝えていこうとしたのです。 1973年に書かれた論文「Parallel to Perception」でコーエンは、コンピュータが絵を描けるようになるためには、コンピュータにデータ変換の手続きを指示するのではなく、アーティストの制作中の意識の動き、つまり知覚のモードを与えなければいけない、と述べています。これは今日の機械学習とは大きく異なる方法です。動かない身体の網膜、つまりカメラに映る画像情報としてのデータをアルゴリズミックに操作するのではなく、画家がどのように世界を見ているか、どのように空間や物体を把握しているのかを記述しようとしたのです。画像データを操作することは生成ではなく、たんなるイメージの変換にすぎません。コーエンは、AIが芸術の自律的な制作者になるためには、コンピュータが人間の知覚の様々な側面に類似した機能を持っていなければならないと考えました。そしてコーエンは、作品に対する意識を知覚世界に対する質疑応答ととらえました。AIが図ではなく絵を描けるようにするために、まず図と地、内と外、閉包、包含、相似、分割、反復といった人間の認知的プリミティブを記述して、それらを相互作用させようとしたのです。
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