“逃げ出したいほど苦しい”制作の先にあるもの 佐藤直紀氏が紡ぐ『海に眠るダイヤモンド』の音楽
音楽は“唯一のフィクション”…視聴者の感情にそっと寄り添う劇伴
劇中の音楽は視聴者に作品を強く印象付ける。作品のCMはもちろん、別番組で劇伴が流れると、「あ! これはあのドラマの曲だ」とつい反応する人も多いのではないだろうか。佐藤氏はそんな劇伴の立ち位置についてこう語る。 「ドラマの中で、唯一の本当のフィクションって実は音楽なんです。作品自体はフィクションですが、俳優がしゃべるセリフは“存在”していますし、海があれば波の音など、映像に映る実在するものの音が入っています。そんな中、唯一そこに“存在”しないものが音楽。だからこそ、劇伴が視聴者の感情の動きに寄り添い、そっと思いを肯定する重要な役割になっているのかもしれません」と、劇伴が担うものに思いを巡らせる。 それだけ視聴者の感情を左右する力を持つ劇伴だからこそ、佐藤氏は「僕は音楽でそのシーンの感情や状況を決めつけることをしたくない」とも。「だからこそ、どんな曲でもその裏にある感情を炙り出せるようにしています、常に楽しいだけ、怖いだけじゃない。楽しい感情の中に切なさがあったり、悲劇的な曲の中にもどこか希望を感じられたり、裏の感情を隠し入れることで、音に深みが出る。それが映像と合わさることで、人間の多面的な感情を匂わせることができるんです。正直皆さんにどれだけ伝わっているかわかりません。ただ、作り手として、物語の上辺をひたすらなぞるような耳障りが良いだけの音楽にならないようこだわっています」と、楽曲に仕込むエッセンスについても言及した。 これまで数々の映画音楽も担当してきた佐藤氏。映画音楽では佐藤氏ら作曲家が撮影や映像を見ながら監督と相談し、どこのシーンでどんな音楽をかけるかを細かく決めるそうだが、ドラマでは作曲家は完成映像を見る前に全ての楽曲を納品し、「選曲」という担当者がどの楽曲をどの場面で使うのかを決める。 本作での音楽の使われ方は「驚きばかりで面白い」と語る佐藤氏。「『この曲はあのシーンに当たるだろうな』と想定しながら書いているのですが、本編では全く違う使われ方をしていて。でも、これがドラマ音楽の面白さでもある。映画音楽の場合は事前の相談から変わることはほとんどありませんが、ドラマは選曲担当の使い方次第で作品がガラッと変わる。僕とは別の発想がそこに乗っかるので、新たな発見があるんです。今回は僕の音楽演出表現の幅をさらに広げてくれるような感覚があり、とても勉強になっています」と、選曲担当との化学反応について語る。 佐藤氏は本作の選曲担当・遠藤浩二氏のことは以前から知っていたそう。「作曲家としての遠藤浩二さんはもちろん存じていましたが、選曲家としても活動されていることを今回初めて知り驚きました。作曲家に選曲をしてもらうということは、監督が別の監督兼編集の人に編集を任せるようなもの。そういったことは初めてだったのでどうなるのかな…と思って」と当時の心境を吐露。「でも、完成映像を見て、遠藤さんが作曲家の立場になって曲を当ててくださっていることがわかりました。おそらく作曲家同士にしか伝わらないかもしれませんが、構成と編集が気持ち良かった。すごくうれしかったです」と、遠藤氏への信頼を語った。