トヨトミ「手回し式」ストーブ開発秘話…「被災者の心も暖める」に失敗、心を鬼にわずか7か月で完成
暖房器具メーカー「トヨトミ」会長…中村出さん 74
石油ストーブに付いているハンドルを軽く回すと、ぽっと火がともった。ゆらゆらと大きくなり、周りの空気がじんわりと暖まってくる。「災害時でもこんなふうに、乾電池がなくても暖を取れる。何より明かりを見ると安心するでしょう」。東日本大震災直後、被災地に思いをはせながら開発した手回し発電点火式ストーブを、誇らしげに見つめた。 【写真】トヨトミと豊富町が防災協定、災害時に暖房提供
1200台贈呈、乾電池なく点火せず
2011年3月11日。東京で会議に出席した。徐行運転の新幹線で深夜に名古屋に帰り、テレビをつけて驚いた。津波にのまれ、所々で火の手が上がる被災地の様子が映し出されていた。「大変なことになった」。目を離せず、未明まで過ごした。
東北では寒さが厳しい季節。自社製品のストーブを寄付しようと思い立った。支援に向かう航空自衛隊や名古屋市に協力してもらい、灯油とともに計1200台を贈った。「被災者は心も疲れている。しっかり暖めてあげて」と願いながら、出発を見送った。
ところが1か月後、思いもよらない事実を知らされた。ストーブが避難所に行き渡ったかどうかを宮城県警に確認した際、「届いたが、乾電池が手元になく、点火できないストーブが多かった」と告げられた。石油ストーブは灯油をガス化し、火花で点火する。火花には電気が必要で、通常は乾電池を入れて使う。「あまりにも残念だった」。全身の力が抜けるような感覚を味わった。
微に入り細に入り調整、試作品20点
「乾電池の要らないストーブを作ろう」
大きな災害は、またすぐに起きるかもしれない。手回し充電ラジオをヒントに同年5月、「手回し発電点火式ストーブ」の開発を決めた。
社員数人が集まり、設計に明け暮れた。試作品ができる度、消費者の気持ちを想像しながら慎重に操作した。「最初はハンドルを20回も回さないと火がつかなかったり、ハンドルが重かったり……」。高齢者でも簡単に使える製品を目指し、心を鬼にして改善を促した。
社員らは発電モーターにエネルギーを伝えるギアの数や、それぞれのギアに付いている歯車の数、ハンドルの長さなど、微に入り細に入り調整を繰り返した。試作品は20点ほどに上った。