網膜に映像を投影するカメラやしゃべるTV。最新の視覚障害者向け家電を見てきた
11月1日から3日、視覚障害者向け総合イベント「サイトワールド」が、今年も錦糸町駅前にあるすみだ産業会館サンライズホールにて開催されました。世界でも例を見ないイベントとして、開始から今回で16回目となります。 【画像】ソニーは2018年からサイトワールドに出展を重ねている 内容は歩行誘導や拡大読書器、日常生活用品などさまざまなカテゴリーに及び、42団体の出展がありました。その中から、家電メーカーとして出展していたソニーと三菱電機の2社を取材。その取り組みの様子をご紹介します。 ■ インクルーシブな未来に向けて、誰もが感動を分かち合える世界を目指すソニー ソニーは「多様なユーザーのニーズを理解し生かすため、年齢や障害による制約がある当事者と共に商品・サービスを検討し、その声を反映するインクルーシブデザインを2025年度までに製品の商品化プロセスに取り入れていく」とし、2018年からサイトワールドへの出展を重ねています。 インクルーシブとは、さまざまな背景を持つあらゆる人が排除されないことを指し、障害の有無や国籍、年齢、性別などに関係なく、違いを認め合い、共生していくことを目指す社会を「インクルーシブ社会」といいます。その背景にはSDGs(持続可能な開発目標)の「誰一人取り残されない」という考え方の普及があり、公園に障害や年齢を問わない「インクルーシブ遊具」の広がりが見られるのもその一例です。 今回のサイトワールド2024のガイドブックにも、ソニーは「インクルーシブな未来に向けて、誰もが自分らしく、そして感動を分かち合える世界を目指しています」と記載してありました。映像や音(音楽)、カメラなどを扱う同社だからこその“感動を分かち合う”という表現が心に響きます。 同社のブースで賑わいを見せていたのが、4K液晶・有機ELテレビBRAVIA(ブラビア)です。ユーザー補助機能を使うことで、番組表や設定メニューなどの文字の読み上げができ、音声速度は「非常に遅い」から「最高速」まで9段階で調整が可能。視覚障害を持つ方は、音声での聞き取り能力に長けている方も多く、「標準」ではまどろっこしさを感じる人もいるとのことです。また「色反転」や「グレースケール」表示は、弱視や視覚過敏の方に向けて新しく搭載された機能だといいます。 そのほか、Googleアシスタントを使って音声でチャンネルや音量などを操作することもでき、筆者が前回サイトワールドの取材をして記事化した2011年と比べて、IoTによるスマート化による家電やテレビの進化が、こうしたインクルーシブな未来の実現に大きく貢献していることを感じさせました。 ■ 歩行支援アプリとの連携で周囲の音を聞きながら音声案内を聴けるヘッドホン 完全ワイヤレス型ヘッドホンLinkBuds Open(リンクバッズ オープン)は、リング型ドライバーユニットを搭載し、耳をふさがない構造でヘッドホンをしていても周囲の音が自然に聞こえるのが特徴。視覚障害があるユーザーの声を取り入れて設計されているといいます。 会場では、道案内と障害物検出、歩行レコーダー機能を備えた歩行支援アプリ「Eye Navi(アイナビ)」と連携させ、目的地などの情報が実際に位置する方向から読み上げられるという体験ができるようになっていました。この機能は、リンクバッズ オープンの内蔵センサーや立体音響技術を活用して実現できたもので、視覚障害がある社内のエンジニアが参画し、音響調整を行なったといいます。 昨年開催されたサイトワールド2023で技術出展し、来場者からの期待の声が多かったこの機能が、見事に実現できたのは素晴らしいことですね。筆者も実際に体験してみましたが、点字ブロックや横断歩道、信号の位置や色などを的確に把握して音声で案内してくれるのは見事。これがあれば、どんなに心強いことでしょう。 また同社では、オーディオ製品のパッケージ内のQRコードにより気づきやすくするための取り組み「Guide for QR」の導入を始めており、このリンクバッズ オープンのパッケージにも取り入れられていました。 「Guide for QR」は、使い始めの情報へのアクセスをより簡単にと考えられたもので、QRコードの周囲を4個のL字型フレームで立体加工しているほか、その右側にはQRコードへの誘導線として立体加工された複数のドットラインを配置。ドットラインを見つけて指で辿ると、QRコードが見つかるという仕掛けです。さらにQRコードとドットラインの近くには半円型の切り欠きもあり、3つの要素で製品の使い方の情報にアクセスしやすくしています。 ■ 見えにくいものが見えて撮影もできる“網膜投影”カメラキット 網膜投影視覚支援機器を展開しているQDレーザ社のビューファインダーと、ソニーのデジタルカメラを組み合わせた「網膜投影カメラキット」も興味深いアイテムで、これは目に影響のないほどの微弱なレーザーを網膜に投影することで、映像を精細に表示させます。高倍率ズームを搭載しており、例えば、老眼や強度の近視者なども目のピント調節機能に依存せずに、網膜に投影された映像を見て写真を撮ることができるといいます。 そのほかQDレーザ社のブースでは、手持ち型網膜投影視覚支援機器「レティッサ オンハンド」も展示されており、多くの人が実際に体験していました。筆者もかなり遠くの展示の様子をこの「レティッサ オンハンド」で見てみましたが、まるで視力がアップしたかのように、よく見えてびっくり。カメラで撮影した映像をピントが合った状態のまま網膜に投影するというこの技術、すごいですね。 見え方には個人差があり、価格もかなり高めのようですが、美術館や動物園、水族館、コンサートホールなどで“見たいものを見て楽しめる”という説明に納得。ロービジョンを補完するアイテムとして期待がかかります。 ■ UDの視点に基づいた「らく楽アシスト」を展開する三菱電機 ユニバーサルデザインの視点に基づき、身体の不自由な人から、子供たち、高齢者まで一人でも多くの人が安心して、ラクに楽しく家電を使いこなして、幸せを分かち合える社会の実現を目指し、2010年からはユニバーサルデザインの名称を「らく楽アシスト」として活動を強化しているのが三菱電機です。 2011年の取材時には、業界初の音声読み上げ機能を搭載した「しゃべるテレビ」が展示され、後発のパナソニックの音声読み上げ機能付きのテレビと並んで、その普及に尽力している様子が印象的でした。残念なことに三菱電機はテレビ事業から撤退し、パナソニックの出展もなく、寂しい気持ちもありますが、2024年の今年も変わらず活況を見せていたのが、三菱電機ホーム機器チームが展開している炊飯器やオーブンレンジ(レンジグリル)、IHクッキングヒーターなどの展示でした。 これらの家電製品にも、テレビから始まった音声読み上げ機能が「らく楽アシスト」として搭載され、さらにはIHクッキングヒーターなどには点字シートも用意されています。 今回、注目を集めていたのは、Amazon Alexaを使用して音声操作ができるIHクッキングヒーター「レンジグリルIH」。音声読み上げに加えて、音声でも操作ができるのは、先のソニーのテレビでも感じたことですが、時代の流れを感じます。 11月1日の「日本点字の日」から3日までの開催を続けてきたサイトワールドですが、来年の「サイトワールド2025」は、会場のすみだ産業会館サンライズホールは変わらずですが、10月15日から17日に開催予定とのこと。“インクルーシブ家電”がさらに増えて、より多くの家電メーカーが出展することを願っています。
家電 Watch,神原サリー