「ドアをぶった切るぞ」...ロシア当局の強引な家宅捜査で、反戦派ジャーナリストが奪い取られた「かけがえのない宝物」
命綱となる携帯電話
クリスティーナは手早くパスワードを入れた。彼女は本人でさえ時折忘れてしまうわたしの携帯やSNSのパスワードを全部覚えていた。 「よし」マスクの男がなおも疑うように言い、クリスティーナに携帯を返した。「持っていけ」 わたしたちは気づかれないように微笑みを交わした。クリスティーナがわたしの携帯を守ってくれたのは奇跡だった。警察の手に渡った機器類は二度と返却されないことを、わたしたちはよく知っていた。取り戻すのは不可能だった。 捜索は1時間を超えた。そっと娘の部屋に入ると、アリーナはベッドに腰かけて泣いていた。 「なんで泣いているの? いま家宅捜索がおこなわれているけど、怖がらなくていいのよ。あなたの部屋には入ってこないから」 「怖くなんかないわ。お兄ちゃんが電話してきたの。わたしをここからパパのところへ連れて行くって言ったのよ。パパのところへは行きたくない」泣きながらアリーナは小さい声で言った。「ママ、わたし、ここにいたい。ママとクリスティーナと」 「泣かないで。大丈夫だから」娘を慰めながらそう言った。
離れていく家族
1時間後、息子が玄関に姿をあらわした。 「何があったの?」 「家宅捜索よ。インターネットで全部知っているんでしょ。だからパパがあなたをここへ来させたんでしょう」 「アリーナ、僕と一緒に行こう」キリルはアリーナに厳しい声で言った。「ここは子供のいるところじゃないよ」 「行きたくない」娘が泣いた。 キリルは妹の腕を取ると、ドアのほうに連れて行った。わたしは辛い気持ちで2人の後ろ姿を見ていた。戦争はウクライナだけではなく、ロシアでも何百万もの家庭を壊してしまった。近しかった人たちが、何ヵ月も口を利かない間柄になってしまった。 「キリル、大丈夫よ」息子と話そうとした。それに相応しい時だとは思わなかったけれど。「もう警察は帰るわ。そうしたらすべては元の通りになる。あなたもアリーナと一緒にここにいれば」 「いやだ。もう何も元の通りになんかならないよ」キリルは怒ったように言うと、アリーナを連れてドアの外に出ていった。
マリーナ・オフシャンニコワ
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