今や菌に薬が効かない「ポスト抗生物質」時代に突入と医師が警鐘、世界で年500万人が死亡
耐性菌感染症にかかりやすい人たちは?
NIHの報告には、保険会社や医療システムから集めた全米200万件の入院データが含まれており、研究者らは、耐性菌感染症に最もかかりやすいグループの特定を試みた。 すると、ほかに病気をもっているほど、耐性菌感染症にかかる可能性が高いことがわかった。 さらに、ヒスパニックや低所得者、教育水準が低い人々でも、感染率は増加していた。「データで際立っていたのは、社会的に弱い立場の人ほどリスクが高いということです」とイェク氏は言う。 また、同じ国際学会における米デューク大学などの報告によると、カルバペネムに耐性をもつ腸内細菌目細菌に感染した米国の黒人女性は、同じ状態の白人の男女よりも死亡率が高かったという。そうした女性たちの中には、入院前から血管や腎臓の病気を抱えている例が多く見られた。
院内感染はとりわけ厄介
どこで感染した場合でも耐性菌は重大な問題だが、院内感染はとりわけ厄介だ。その理由のひとつは、院内感染する耐性菌は一般に毒性が強く、より多くの抗生物質に耐性をもっている可能性が高いため、体に障害が残ったり、死亡したりする確率が高くなることだ。 また、院内感染は「われわれ(医療従事者)が感染を引き起こしたことを暗に意味しています」とイェク氏は言う。細菌は、カテーテル、点滴ライン、外科手術の開口部などを通して患者の体内に入る可能性がある。 2022年に医学誌「Cureus」に掲載されたレビュー論文ではほかにも、医療施設への長期の入院や、抗生物質を過去3カ月以内に使用したことなどがリスクとして挙げられている。
医療と農業での使い過ぎ
科学者らは何年も前から、抗生物質の無差別かつ過剰な使用が耐性菌のまん延につながることを知っていたが、状況を変えるには至っていない。医療での使い過ぎに加えて、抗生物質は畜産や農業でも頻繁に使われている。 「抗生物質はニワトリやウシの成長促進剤として使われたり、ナシやリンゴの木に散布されたりすることもあります」とマーティネロ氏は言う。 抗生物質や抗真菌薬にさらされると、多くの細菌や真菌は死滅するが、生まれつき耐性をもつものは生き残って増殖するだけでなく、その特徴をほかの微生物にも伝える。時がたつにつれ、一部の細菌が1つだけでなく複数の抗生物質への耐性遺伝子を蓄積していく。こうした多剤耐性の微生物は、とりわけ治療が難しくなる。 このような状況では、「患者には奇跡を祈って複数の抗生物質を投与し、相乗効果を期待することになるのですが……全体として、そうした患者は感染症から回復せず、その多くが死亡する可能性が高いのです」とイェク氏は言う。 複数の薬を組み合わせることが有効な場合もある。たとえば、「Cureus」のレビュー論文によると、セフタジジムにアビバクタムという抗生物質を組み合わせて使うと、緑膿菌に対する有効性が65%から94%に上がるという。