「源氏物語」現代語訳のベストセラー!美しい日本語ですらすら読める、瀬戸内寂聴訳が人気の理由
---------- 大河ドラマ「光る君へ」でますます注目の「源氏物語」。千年前の女性作家・紫式部が書いた史上最高の恋愛小説を、一度は読んでみたいと思いませんか? 人気作家・瀬戸内寂聴さんがライフワークとして現代語訳した「源氏物語」は、古典初心者でもすらすら読める、語りかけるような美しい日本語が特色でベストセラーとなりました。そんな「寂聴源氏」が一冊で読める『寂聴 源氏物語』(講談社)から、物語の幕開けとなる有名な場面、光源氏(=光る君)の父と母の悲恋物語をお届けします。(「桐壺」帖より) ----------
身分を超えて帝に愛された女性
いつの御代のことでしたか、女御(にょうご)や更衣(こうい)が賑々しくお仕えしておりました帝の後宮(こうきゅう)に、それほど高貴な家柄の御出身ではないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されていらっしゃる更衣がありました。 はじめから、自分こそは君寵第一にとうぬぼれておられた女御たちは心外で腹立たしく、この更衣をたいそう軽蔑したり嫉妬したりしています。まして更衣と同じほどの身分か、それより低い地位の更衣たちは、気持のおさまりようがありません。 更衣は宮仕えの明け暮れにも、そうした妃たちの心を搔き乱し、烈しい嫉妬の恨みを受けることが積もり積もったせいなのか、次第に病がちになり衰弱してゆくばかりで、何とはなく心細そうに、お里に下がって暮す日が多くなってきました。 帝はそんな更衣をいよいよいじらしく思われ、いとしさは一途につのるばかりで、人々のそしりなど一切お心にもかけられません。 全く、世間に困った例として語り伝えられそうな、目を見張るばかりのお扱いをなさいます。 上達部(かんだちめ)や殿上人もあまりのことに見かねて目をそむけるという様子で、それはもう目もまばゆいばかりの御鍾愛(ごしょうあい)ぶりなのです。 「唐土(もろこし)でも、こういう後宮のことから天下が乱れ、禍々(まがまが)しい事件が起こったものだ」 などと、しだいに世間でも取り沙汰をはじめ、玄宗(げんそう)皇帝に寵愛されすぎたため、安禄山(あんろくざん)の大乱を引きおこした唐の楊貴妃(ようきひ)の例なども、引き合いに出すありさまなので、更衣は、居たたまれないほど辛いことが多くなってゆくのでした。ただ帝のもったいない愛情がこの上もなく深いことをひたすら頼みにして、宮仕えをつづけています。 更衣の父の大納言はすでに亡くなっていて、母の北の方は、古い由緒ある家柄の生れの上、教養も具(そな)わった人でしただけに、両親も揃い、今、世間の名声もはなばなしいお妃たちに、娘の更衣が何かとひけをとらないようにと気を張り、宮中の儀式の折にも、更衣はもとよりお供の女房たちの衣裳まですべて立派に調え、その他のこともそつなく処理して、ことのほか気を配っておりました。とはいっても、これというしっかりした後見人がないため、何か改まった行事のある時には、やはり頼りないのか、心細そうに見えました。