アングル:長引く生活費高騰が米有権者の懸案、現政権批判に直結
Andrea Shalal [デトロイト 28日 ロイター] - 米大統領選の激戦州の1つ、中西部ミシガン州のデトロイト南西部に住むティエシャ・ブラックウェルさん(24)は、2020年の前回大統領選でバイデン大統領に票を入れたが、今回は共和党候補のトランプ前大統領に投票しようとしている。食品や住宅の価格高騰が主な理由だ。 ブラックウェルさんは以前より良い仕事に就いているものの、前の家を退去せざるを得なくなってから家賃は2倍になり、食費や公共料金の負担も跳ね上がったと話す。 デトロイトで今月開かれた共和党の副大統領候補バンス上院議員の集会に参加したブラックウェルさんは「4年前に比べて自分が貧乏になった訳ではない。だが当時よりも、物価が本当に高い。575ドルだった家賃は1100ドルに上がり、1ポンド当たり2.99ドルだったと記憶している牛肩の挽き肉は今、4.99ドルだ。全てが値上がりしている」と嘆いた。 マクロ経済の視点では、米国がコロナ禍後に経験した景気回復は他の先進国にとって羨望の的だった。力強い消費や企業と政府の投資が、懸念された景気後退の回避につながり、株価は最高値圏で推移。雇用と賃金の伸びは急速で、失業率は低く、22年に大きく上振れた物価上昇率は足元では20年1月と同じ水準で落ち着いている。 一方で、食品や家賃、公共料金、外食などの特別な楽しみのための費用はいずれも19年の水準よりずっと高い。なぜならば労働コストや競争の欠如、サプライチェーン(供給網)関連問題など政府による影響力行使が限られる複雑な要因が絡み合っているからだ。 多くの米国民は今、常に「スティッカー・ショック(商品の価格表示を見て衝撃を受けること)」に見舞われている。 だからこそ7つの激戦州では人々の経済に対する見方が悲観的なのかもしれない。今月公表されたロイター/イプソスによる世論調査によると、これらの州では回答者の61%が経済は悪い方に向かっていると述べ、68%は生活費も上昇傾向だと訴えた。 民主党候補のハリス副大統領とトランプ氏はそれぞれ異なる処方せんを提案している。ハリス氏は便乗値上げの取り締まりや子育て関連の税控除拡大を約束。トランプ氏は残業代への課税軽減、輸入品に対する一律の関税適用で製造業を国内に戻し、大量の移民を強制送還すると表明した。 専門家の多くは、トランプ氏の関税案と移民強制送還はモノやサービスの価格を押し上げるし、ハリス氏の便乗値上げ規制は全米レベルで実効性が証明されていないと指摘する。 それでも、この世論調査では経済問題に関する政策手腕の点ではトランプ氏の支持率が46%と、ハリス氏の38%を上回った。 トランプ氏の政策が実際有効だとは思わないが、有権者の不満は感じ取れる、というのが経済学者の見方だ。 保守系シンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所のディレクターで以前にトランプ氏の関税政策を批判したマイケル・ストレイン氏は「私は一般の人よりインフレを理解しているし、米連邦準備理事会(FRB)で働いていたこともある。それでも、インフレに動揺させられる自分に驚き続けている。長年通ってきた飲食店で料金が50ドルでなく70ドルになった際には、誰かに顔面を殴られて財布から20ドルを盗まれた気分になる」と語る。 ミシガン州のブラックウェルさんは、輸入品を閉め出して米国の雇用を守るには関税が必要だというトランプ氏の主張に共感している。「確かに関税は消費者にとって物価押し上げを招く恐れはあるが、長期的に何らかの効果が出てくるはずだ」という。 <異なる目線> ハリス氏による今月28日のミシガン訪問は、民主党大統領候補に指名されて以来、10回目となった。同州は1990年以降に自動車関連雇用の3分の1余りが失われた傷がなお癒えず、2016年の選挙ではトランプ氏が制した。20年はバイデン氏が勝利したとはいえ、得票差は3ポイント弱に過ぎない。 ハリス陣営はミシガン州に、トランプ陣営の4倍近い375人を配置している。ただ、世論調査ではハリス氏の支持率はトランプ氏を1ポイント弱しか上回っていない。 ハリス氏は今月21日、デトロイト郊外のオークランド郡で開いた集会でトランプ氏を強く批判するリズ・チェイニー元共和党下院議員と会談。同州カラマズーでハリス氏が26日に行った集会には人気の高いオバマ元大統領夫人のミシェルさんが合流した。 民主党ストラテジストのアメシア・クロス氏は、ミシガンと全米で数十万人分の雇用を創出したという意味でバイデン政権は評価に値するのだが、生活費の高さが引き続き有権者に大きく影を落としていると認めた。 クロス氏は「雇用統計に反映されない個人的な経済事情の観点で、人々が感じていることは多い」と述べ、電気自動車(EV)が地元自動車業界にもたらす影響を巡る不安や、住宅価格、食費などを挙げた。 「ダウ平均株価の話ではない。大半の人々は手持ちのお金では数年前に可能だったことができなくなっていると訴えている。全ての政治は個人的なものだ。彼らの政治的指向は、日常生活の状況に左右される」と指摘する。 ミシガン州フリントで暮らす大学生のデビン・ジョーンズさん(20)は、ともに退役軍人の両親が物価高騰のあおりで引っ越しを迫られ、インディアナ州ゴシェンにより価格の安い家を買うことになったと明かした。18歳の誕生日にジョーンズさんが生まれたドイツへの旅行に連れて行く約束も先送りされているという。 ジョーンズさんは、牛挽き肉や卵の値上がりぶりは「常軌を逸している」とあきれ返り、トランプ政権時代はこんな高過ぎる物価ではなかったと強調した。