「スマホがなくなる日」に備えてーーXRに全力を投じる企業から見た『Apple Vision Pro』の衝撃
今後の普及ステップと市場動向を探る
では、今後Apple Vision Proがどのような形で普及していくのだろうか。まず、XR技術を軸とした空間コンピューティング市場の変化について触れておきたい。 筆者の勤めるSTYLYは、創業の2016年以前から「空間を身にまとう時代をつくる」ことを語ってきたが、それは、身の周りの空間を自分の好きなように制御できることだと定義している。そのためには、空間内で提供される「機能」と環境を変容させる空間の「演出」両方が必要であり、これらが揃うことで、初めて身にまとう空間という“新しいメディア”ができあがる。 この身にまとう空間メディアは、スマートフォン以上にエンドユーザーが常に触れ合うメディアになり、エンドユーザーのすべての情報トラフィックが発生する起点になる。仮に10億人が8時間利用すると、年間で約3兆時間という空間提供市場が生まれるという、非常に大きなマーケットになると予測している。 その市場の動向については、2000年以降にスマートフォン市場で起こった技術進化と産業構造の変化が、空間コンピューティング市場でも同様に進んでいくと考えている。 『Apple Vision Pro』の登場によって各デバイスメーカーの革新が一気に進み、次第にアプリケーション・コンテンツが充実し、低コスト化を経て普及期に入っていく。最終的には、ハードウェアがコモデティ化し、ソフトウェアやエンドユーザーへのコンタクトポイントへと競争力の比重が移行していくと考えられる。 つまり、デバイスの進化や軽量化、低コスト化と並行しながら、これまでの他の市場と同様、ソフトウェアを通じたユースケース創出=「エンドユーザーとの接点・入口をどれだけ握れるか」が鍵となる。 しかし、複雑な「空間コンピューティング」という概念の理解や、体験デザインのノウハウ、開発・実装ハードルなど、未踏領域である市場への参入障壁は高い。 先日発足した「STYLY Spatial Computing Lab(以下SSCL)」も、KDDI社やJ.フロント リテイリング社など発足企業の強みを活かしながら、エンドユーザーに向けたユースケース創出を進めていく目的がある。 国内で未だ『Apple Vision Pro』は発売されていない。しかし、そのなかいち早くエンドユーザーとのタッチポイントとなる空間を、アート、音楽、スポーツなどあらゆるライフスタイルのシーンを想定して演出するスキルが求められている。 よろこばしいことに、デバイスにしろソフトウェアにしろ、同時期に普及するAI技術によって開発スピードは格段に早くなると考えられる。事実『STYLY for Vision Pro』の開発にあたっては、OpenAI社の「ChatGPT」を活用することで想定の“約8倍”の時間短縮ができたと開発チームも語っていた。機能開発のみならず、演出部分を担う3Dモデルの生成もAIによって格段に制作しやすくなることは想像に難くない。 最終的には、Xでテキストを投稿するように、YouTubeで動画をアップロードするように、エンドユーザーさえも自分の好きな「空間」の送受信が行えるようになるだろう。 技術の民主化は、思ったよりも速いスピードでやってくる。 ■『Apple Vision Pro』の登場で期待する未来 前述した通り、STYLYでは創業当初から、日常のライフスタイルの中であらゆる「空間を身にまとう時代」を実現しようと事業展開をしてきた。それが夢ではなく現実になるのだということをあらためて確信させてくれるデバイスが、『Apple Vision Pro』である。 身の周りの空間を自分の好きなように制御できる「空間を身にまとう時代」では、リアルとバーチャルが同等の価値になり、現実の都市空間や生活空間のあらゆる分野において必要以上に無駄なものを作らなくて済む世界になる。空間コンピューティングは、本当の意味でのデジタル化とサスティナブルな社会を可能にするかもしれない。 具体的に「今後どのような未来がくるのか」についてはSTYLYのCOOである渡邊信彦が書籍『スマホがなくなる日』(幻冬舎・2024年6月発売予定)で詳しく解説しているので、ぜひこちらもお手に取っていただきたい。 ちなみに『Apple Vision Pro』を含む空間コンピュータの普及や市場の拡大、そして民主化のキーワードとして、STYLYでは「#スマホがなくなる日」という言葉を掲げている。もちろんこれは「スマートフォンをなくしたい」という話ではなく、スマートフォンに続く次世代のデバイスによって、何を実現したいか、どういう状態になっていたいかをあらゆる事業者・クリエイター・エンドユーザーとともに考えていくための共創ワードである。 スマホがなくなる日に自分はどうなっていたいか、ぜひ一緒に想像し、“創造”してほしい。 ■最後に 新しい技術が登場したとき、もたらされる利便性や革新性に関わらず、その影響に対する懸念・議論は幾度も繰り返されてきた。 カメラが誕生したとき、人々は自分そっくりの銀板写真を見て「魂が抜かれる」と言っていたし、自動車が導入された初期には、「自動車が人間の感覚を鈍らせる」という意見もあった。 電話が広まり始めたとき、「人と人との直接的な対話を減らし、人間関係を希薄にする」と懸念の声があがり、テレビに対しては、特に子どもたちの健康や教育への影響を心配する声が多くあった。 そしてインターネットの普及も、情報の過剰さや誤情報の広がり、プライバシーの侵害、人間関係の変化など、多くの懸念が表明されてきた。 それぞれの新しい技術は、こうしたネガティブな反応を必ず受けながら、それでも普及は止められていない。 スマートフォンに続く、次世代デバイス。『Apple Vision Pro』もまた、ゲームチェンジの“核”となる存在なのである。
森逸崎 海