戊辰戦争で暗躍したのは忍びの末裔? 「最後の忍者」を描いた一作(レビュー)
音もなく現れ、黒装束に手裏剣などの武器を携え、煙の中に姿を隠す。忍者と聞くとそんな姿を思い浮かべる方もいるだろう。 歴史上、忍者が活躍し、その存在感を示したのは、室町時代に起こった鈎の陣からだ。その中心となった忍びこそ甲賀忍者たちだった。その後の江戸時代へ続く乱世において、甲賀と伊賀を双璧とした忍びたちが歴史の裏側で活躍したことは多くの方が知るところだろう。 『最後の甲賀忍者』(土橋章宏著/角川春樹事務所)は、戦の無い世が続いた江戸末期、武士の身分を失った甲賀忍者の末裔たちの物語である。 彼らは武士の誇りを忘れないよう、自らを甲賀古士と称し、武士の身分を取り戻すために幕府に訴え続けてきたが、叶わないまま江戸時代が終わろうとしていた。 そんな中、勃発した戊辰戦争。甲賀五十三家の代表者が集まった。彼らの目的は戦で甲賀の忍びの名をとどろかせ、誇りを取り戻すこと。そして、新しい世で武士に戻り、甲賀の里を自分たちの手に取り戻すことを夢見て、徳川から離れ新政府軍に加担することを決める―そんな場面から物語は始まる。 しかし、甲賀の忍びと言っても、最後の実戦から二百年以上隔たっていたこともあり、まずは忍術を使いこなせる者を育成するところから、というのが何とも愉快である。戦はなくともいつの時代においても争いはなくならない。そこでかつて大罪を犯し甲賀の暗部を担ってきた朧入道のもとに、官軍として戦うため三十五名の若者たちが集い、急ごしらえではあるが、忍者としての心得と技を習得する。 物語は、朧入道の厳しい修行を終えた五人組を軸に、甲賀の忍びとしての誇りを取り戻す戦いに挑んでゆく様子が描かれる。その五人とは、鬼っ子と恐れられた山中了司、大鳥神社宮司見習いの安井金左衛門、甲賀でも裕福な大原家の箱入り息子大原伴三郎、鵜殿退治で活躍した鵜飼孫六の血筋である鵜飼当作、そして少々年をくった薬術師の間瀬勘解由である。 しばらくは活躍の場を得ることができずに戦は進んでゆくが、物語の終盤では、東北でも有数の強豪藩として知られ、徳川四天王の一人だった酒井忠次の末裔・酒井忠篤が指揮をとる庄内藩との戦いで、甲賀忍者たちが暗躍する。実を虚に見せるのも忍びの術であると教えられた五人組が、まさに虚をもって実と為す術で難局を乗り切る場面にはニヤリとさせられた。 忍者としての心得と里への想いを胸に、甲賀の存亡をかけた戦いに挑む中で、それぞれが戦う意味と向き合っていく。そんな若者たちの葛藤もまた本書の読みどころだろう。 [レビュアー]田口幹人(書店人) 協力:新潮社 新潮社 小説新潮 Book Bang編集部 新潮社
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