にしおかすみこ、認知症の母、ダウン症の姉、酔っ払いの父との暮らしは不幸か、幸せか
歯医者に行くのも大冒険
たかが歯医者に行くのも大冒険になる。認知症とは思えぬ痛快な会話の返し。言われてみれば正しい気がするトウモロコシの「醍醐味」。マイナンバーカードを取得する道のりは険しく、思い出は思わぬドキドキを連れてくる。花好きで活けるのも上手な母が、季節感まる無視で庭にぶっ刺すチューリップとほおずきの造花。波乱しかない外食。 ママはいつでも、ずっとお姉ちゃんの心配をしている。お姉ちゃんのために、せめてあと5年は生きたい。生きられなくてもせめて息はしていたい、と言い「何が違うの?」と問うすみちゃんにこう返す。 「バカ。生きるはさ、どっかしら動いてて意思がある感じがするだろう? 息するはさ、小指一本さえ動かせなくても、頭がなーんもわかんなくなっても吸って吐いてをする感じ。息さえしていれば安心だろう?」 「ママが死んだってわかったらお姉ちゃんぶっ壊れるだろ。バカなりに情緒がおかしくなるんだよ。すみもパパクソも手に負えないさ。でも息を聞かせてやるだけでも、お姉ちゃんはお姉ちゃんでいられるだろ。ママ80歳まではなんとかがんばりたい」 いい話だ。いい話すぎて泣きそうになる。でも、すみちゃんは、ホロリとすることもなく、すかさず「今81だよ」と突っ込む。 過ぎてるんかい! そうしてママとすみちゃんはふたりして笑う。うちはバカばっかりだなあと笑うのだ。
果たして不幸なのか、幸せなのか。
読みながら、これは果たして、と何度も思った。いつまで続くかわからないこの状況は、果たして不幸なのか、幸せなのか。 綺麗ごとじゃない。笑いごとじゃない。「一家」が一家であるために奮闘する著者は満身創痍だ。ヒリヒリとした痛みも叫びも伝わってくる。 けれど、そこでぐっと歯を食いしばり、笑う。笑いの種を拾い集めてまく。ポンコツでカツカツでパツパツな日々のなかで、種が芽を出し花開き読者を和ませる。そして誰よりも芸人・にしおかすみこの救いになっているのではないかと感じた。 だからあえて言い切りたい。 面白かった! 3年目も楽しみにしています。
藤田 香織(書評家)