オヤジたちの深堀りTALK 昭和ドロップ 第4回「多摩川の青春」
篠塚和典さん不在の3回中2回目のテーマは「多摩川」、しかもそれに「青春」をつけてみた。アニメ『巨人の星』を見たことがある世代ならイコールで汗と涙が思い浮かぶはずだ。 たまがわ◎山梨、神奈川、東京を流れる河川。かつて巨人、日本ハム、大洋の二軍グラウンドがあった。今回は主に巨人の多摩川グラウンドについて深堀りする。 構成=井口英規 定岡 (写真1を見ながら)懐かしいな。さすがベーマガさん、いい写真がたくさんありますね、川口は多摩川を使ったことない? 川口 一度もないです。巨人に入ったのは95年で、当時もあったのかもしれないですけど、使ってなかったですね。──取り壊したのは98年ですが、その前から、よみうりランドに移ってましたからね。 川口 こんなに人が入っていたんだ。すごいな。 定岡 周りに何もないから、いくらでも入るんだよ。野ざらしだからね(笑)。 ──定岡さんの入団当時(75年)の写真のようですが、写真の説明文には“定岡フィーバーでにぎわう多摩川”と書いてあります。お客さんも、2万人くらいいるらしいですね。 川口 さすがサダさん、人気者だ! 定岡 すごいのはミスター!(長嶋茂雄監督。定岡氏入団の75年に監督就任)。俺はこのうち6000人くらいだよ(笑)。この間も話したけど(よみがえる80年代のプロ野球セ・リーグ編)。何もないから、すべて見られちゃうんだよね。着替えもそうだし、トイレも壁が低くて、してるときに顔が見えて、女子高生と目が合っちゃう(笑)。 川口 寮はもう、よみうりランドですか。 定岡 そう、ランドだった。寮から多摩川までバスで1時間くらいかかったな。 川口 おっ! 例のバスですね。 ──例の、とは。 川口 『巨人の星』(スポ根野球漫画でアニメでも大人気)だと、バスに乗っても誰も座らず、全員がつま先立ちしていた。子ども心にすげえなって思っていた。 定岡 そうそう。実際は、先輩たちみんな座ってタバコ吸ってたけどね(笑)。 川口 これも『巨人の星』のネタですが、多摩川のグラウンドというと、花形満がスポーツカーでグラウンドに来て、車の上から来た球を打ち返すというシーンを思い出します(笑)。 ──今回の隠れテーマは『巨人の星』ですね(笑)。 定岡 多摩川と『巨人の星』はやっぱりシンクロするよね。みんな一生懸命、見ていたし。 川口 当時は、野球やってる子も、やってない子も見ていました。 ──巨人の星ファンの川口少年にとって多摩川はあこがれの場所ですか。 川口 星だけじゃなく、巨人ファンだった僕にとって、後楽園球場は当然あこがれなんだけど、その華やかな後楽園と対照的な多摩川の河川敷もまた好きだった。行ったこともなかったのにね(笑)。 定岡 広島カープの二軍練習場はどうだったの。 川口 僕らのころは広陵高校のグラウンドを借りて、9時から15時までやってました。当たり前ですが、お客さんなんていません(笑)。 定岡 マジで高校でやってたの? 川口 はい。 定岡 へえ。でも、それで赤ヘル軍団が育ったんだしね。ハングリーさの源になったのかな。 川口 練習もきつかったですからね。寮を8時半くらいにバスに乗って出て・・・
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週刊ベースボール