「自分の台詞に感動しちゃって」NG連発でも好かれる国民的俳優。“大物”に共通する人柄の良さとは
---------- 『日本沈没』『砂の器』『八甲田山』『人間革命』など大作映画に主役級として次々出演し、出演者リストの最後に名前が登場する「留めのスター」と言われた、大俳優・丹波哲郎。 そんな丹波が、「霊界の宣伝マン」を自称し、中年期以降、霊界研究に入れ込み、ついに『大霊界』という映画を制作するほど「死後の世界」に没頭した。なぜそれほど霊界と死後の世界に夢中になったのか。 数々の名作ノンフィクションを発表してきた筆者が、5年以上に及ぶ取材をかけてその秘密に挑む。丹波哲郎が抱えた、誰にも言えない「闇」とはなんだったのか――『丹波哲郎 見事な生涯』より連載形式で一部をご紹介。 前編記事<『砂の器』で共演した森田健作が「丹波さんじゃないとダメだ」と確信したシーンとは? > ---------- 『砂の器』で共演した森田健作が「丹波さんじゃないとダメだ」と確信したシーンとは?
「自分のセリフに感動しちゃって」
『砂の器』の撮影で、森田ら刑事たちの視線を一身に集めながら、丹波は捜査会議でひとり起立する。千代吉が、殺害された三木・元巡査とだけは長年ひっそりと文通を続けていた事実を、おもむろに明かす。 丹波は続けて、手紙に記されていた、「(我が子に)死ぬまでに会いたい」「ひと目だけでもいいから会いたい」という老父の痛切な願いを、刑事たちに伝える。緊迫感あふれる室内に、丹波の朗々たる声が響く。 「千代吉はただただそれだけを書き綴り、三木は『あなたの息子は見所のある、頭のいい子だから、きっとどこかで立派に成長しているだろう』」 胸にこみあげてくるものを抑えきれず、丹波の表情がゆがむ。 「『そして、そのうちに必ず、必ず、きっと会いにくるに相違ない』、繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し……、このように慰めています」 「繰り返し、繰り返し」と語調にめりはりをつけて訴えかけ、丹波はハンカチで目頭を押さえる。 同僚の刑事役の丹古母鬼馬二(たんこぼ きばじ)は、すぐ隣の席から丹波を見上げていた。 「ふつう刑事があんなに感情を込めてしゃべることはないし、泣いたりもしないだろう」と思ったが、熱い胸の内を隠しきれない丹波の人柄に好感を持った。 野村芳太郎監督は終始、柔らかな物腰を崩さず、「丹波さん、それ(いま撮影した演技)いただきます。キープしときますから、もう少しドライでお願いします」と言葉をかける。撮りなおしは合計6、7回に及び、そのたびに10分から15分の休憩時間が入る。丹波が涙目になって、元に戻るまでに時間がかかったためだ。 丹古母は真横から見ていて、「丹波さん、頑張ってちょうだいよ。どうか泣かないで、泣かないで」と祈るような気持ちになった。それなのに毎回まったく同じところで、まったく同じように丹波は涙を流す。結局、完成作品では、最後の撮影場面が使われた。 丹波自身は、それから30年近く経ったのちのインタビューで、「自分のセリフに感動して、声が詰まって出なくなるんだよ。最初は監督が難しい顔してる。セリフ忘れたんだと思ってるんだね。でも大事な場面だからそんなことはない。最後まで演じるためには、感情を抑えないといけない。俳優は気持ちの動くまんまではなく、芝居も加わんないといけないと、妙なことを発見した映画だね」と苦笑した(『毎日新聞』2002年9月17日付夕刊)。 丹波は丹古母が気に入ったらしく、十数年後テレビドラマのロケで長崎県の五島列島を訪ねたおり、撮影の休日にふたりだけで釣りに出かけている。 前夜、島の公民館で「大霊界」をテーマに講演会を開いた丹波は、それこそ全島民が集結したかのような盛況と、奥田瑛二や原田美枝子ら共演者の飛び入りにも気をよくして、朝からすこぶる機嫌がよかった。実のところ、丹波の顔をつぶしてはいけないと、マネージャーがテレビのスタッフたちに頼み込み、動員をかけてもらった成果なのだが、本人には知らされていなかった。 空は秋日和で、海も穏やかに凪いでいる。このとき64歳の丹波は、小型漁船の舳先に立ち、「おお、自然はいい! 人間として生まれてよかった!」と歓声をあげている。少しよろめいたので、丹古母が思わず、「ああっ、落ちる、落ちる!」とあわてても、「大丈夫、大丈夫!」と気にもとめない。釣り場に着いても、準備は丹古母に任せきりで、目を細めたまま悠長に構えている。 「おとうさん、したく、したく、早くやってよ!」 丹古母は丹波を「おとうさん」と呼ぶようになっている。 「丹古母、おまえがやれぇ~!」 「おとうさん、見ててよ。エサはこうやって胴付きにつけるの」 複数の針が仕掛けについているのが「胴付き」である。 「なにぃ、どうつき!? 胴を(刀で)突くのかぁ、斬るのかぁ!?」 丹波は、おおげさに刀を振るうまねをする。 「おとうさん、時代劇じゃないんだからさぁ。これが胴付き、覚えといてよ」 その後も、丹波は船べりの1ヵ所に陣取ったまま動かないから、まるで“引き”がない。対照的に“入れ食い”状態の丹古母に、「おーい、丹古母、あんまり殺生すんなぁ!」と悔しがる。半日経っても丹波は釣れず、「きょうは引きませんでしたねぇ」と丹古母が慰めると、「いやぁ、殺生はするもんじゃない」と再び負け惜しみを言った。 悪役が多かった丹古母は、丹波から、「そんな悪い顔におまえを生んでくださったご両親に、おまえは感謝しなくちゃいけないぞ」と、けなしているのか励ましているのかわからないようなことを言われたが、心外には思わなかった。