なぜ怖い?怪奇漫画家・日野日出志が明かす恐怖の正体
『おれ、才能ねえなぁ~』と思いつつ根拠なき自信も
そして1年間をかけて、サイケデリック怪異悲譚「蔵六の奇病」を描き上げた。人間として存在することの根底的切なさを謳い上げた同作は「少年画報」に発表、それはまさに怪奇と抒情が同居する日野ならではのスタイルが確立した瞬間でもあった。 「結局その時点で、漫画を描き始めてから7年が経過していました。私は好きだからやっているんで、努力って言葉は嫌いなんですよね。努力すれば自分の型ができる、つかめる、というものでもないし。でも、努力しないと絶対つかめない、というのも本当。努力しているうえで、編集者との出会いがあったり、いろんな巡り合わせの妙で、つかめた気はします。自分も、強烈にいつも自覚してやっていないと、人との出会いにしてもただ通り過ぎるだけなんですよ。それをきちんと自分の中に取り込んで咀嚼して、気づくことが出てくる。自分の世界観を見つけて、そこで才能を発揮するってことは、そう簡単なことではないですよね」 いま日野の描く絵を見れば、クレジットを見なくてもそれが日野のものであることがわかる。 「結局、この世界に残っている人たちは全員そうですよ。それを見つけるために漫画家ってものは、一生描くようなもんだから。誰もが手塚治虫にはなれない。私からしてみたら神様みたいな人ですから。その次の世代に赤塚不二夫さんとか石ノ森章太郎さんとか、またまたものすごい人たちがいて、私はさらにその次の世代ですから。だから漫画界に入って行くなんて、考えてみたら怖いもの知らずというか。『おれ、才能ねえなぁ~』って思いながら続けてきましたから」 支えてきたのは、“根拠のない自信”だったと振り返る。 「プロになってからも、プロになっただけさらに高い壁が出てきますから、それを乗り越えなきゃいけない。私は自分の内からしか発想できないタイプなんで、今日はこの爪を剥いで物語にする、なんて調子でやっていたら、だんだん発想も尽きてしまうんですよね。でも、とにかく根拠のない自信でいいから続けていく、いろんなものを作っているうちに、引き出しが増えて行くっていうことだと思うんです」