社説:高齢者の労災増加 職場環境の見直しが急務だ
働く高齢者の増加に伴い、労働災害も増えている。社会の支え手として高齢者が安心して働けるよう、職場環境の見直しが急務である。 休業4日以上の労災に遭った60歳以上の人は昨年、過去最多の約3万9千人に上った。 労働者全体に占める60歳以上の割合は2割弱だが、労災に遭った人では3割弱と高くなる。30代と比べて労災発生率は2倍超とのデータもあり、高齢者が労災に遭いやすい傾向が見てとれる。 さらに65歳を過ぎて働く人は昨年、過去最多の914万人に達し、この10年で4割以上増えた。人手不足を背景に、高齢の働き手に頼る職場の多さを反映している。 定年延長や再雇用制度が導入され、希望するシニアが働き続けやすくなった一方、生活不安から収入を求める人も多い。力仕事など不慣れな職場に配置される場合も少なくない。 けがの事例では、わずかな段差でつまずく、ぬれた床で足を滑らせる、脚立から落ちる-といった「転倒」「墜落・転落」が目立つ。加齢に伴い、本人が思う以上に筋力やバランス能力が低下するためとみられる。 危険な作業が伴う製造業や建設業に限らず、飲食店などサービス業や介護現場の発生率も高い。高齢になるほど重症化しやすく、休業期間も長期化する。 厚生労働省は2020年、高齢者の労災防止に関する指針を作った。手すりの設置や段差の解消、照明の明るさ、作業速度の見直しなど具体例を示し、事業者に対策を促している。定期的な健康診断や体力チェックの実施も有効としている。 しかし、雇用者側の取り組みは鈍い。60歳以上が働く事業所は全体の約8割あるが、対策を行うのは約2割にとどまる。同省の調査では「自社の60歳以上は健康」との理由が目立った。 そもそも指針を「知っている」との回答も2割に満たず、加齢による労災リスクへの理解が進んでない。周知に努め、雇用者側の意識改革を促したい。 厚労省は、労災防止に必要な設備投資などに対する助成制度を設けており、利用した事業所では労災発生率が下がる効果が出ているという。事故が減れば企業活動にもプラスになる。 国の責任も問われている。少子化で現役世代の負担が重くなる中、元気な高齢者には社会保障を支える側に回ってもらおうと、政府は年金受給年齢の引き上げなどで就労を促進してきた。 だが、現行の労働安全衛生法は、高齢者の労災を防ぐための「適切な配置」のみを努力義務としている。 厚労省は、指針で示す具体策を努力義務として課す方向で法改正を検討している。中小企業の負担増を懸念する声もあり、適切な支援が求められよう。官民で協力し、誰もが無理なく貢献できる社会を目指したい。