地面師サイドの成功を祈ってしまう自分がいて…「地面師たち」は“ドラマの醍醐味”を味わえる高品質クライムサスペンス
犯罪の目的が金や名誉だけならば、ある意味で単純。浅はかな人間の業で終わる。ゆがんだ欲望や快楽が真の目的と分かれば、途端におぞましさが増す。「人ニ非ズ」の言葉が浮かび、接点を持ちたくないと思う。思うが、その背景には興味が湧く。そんな「人ニ非ズ」を豊川悦司が演じる「地面師たち」。地面師詐欺の見事な手口とその水面下でうごめくおぞましい欲望を描く。実際に地面師詐欺に遭った積水ハウスやアパホテルの人は面白いとは口が裂けても言えないだろうが、適材適所の役者陣が魅せるあうんの呼吸が見事で、高品質クライムサスペンスとの呼び声も高い。 【写真をみる】「地面師たち」で“ハマり役”と話題になった「個性派イケメン俳優」って?
そもそも役割分担が明確、チームで動く地面師の連係プレーが興味深い。トヨエツが演じるのは、地面師チームのリーダー・ハリソン山中。元ヤクザでバブル時代に巨額の不動産詐欺でぼろ儲け。常に冷静沈着、チームの面々にも敬語で話す紳士だが、命を奪うときに静謐ながらも興奮している顔が残忍でおぞましい。脳内物質の分泌量と経路が常人と異なる鬼畜感を見事に醸し出しているトヨエツ。 そして、法律の知識と圧の強さでやや脅迫的に相手を追い込む法律屋の後藤(ネトフリ専属俳優・ピエール瀧)に、地主のなりすましをキャスティングする手配師の麗子(これまた適役の小池栄子)。公的証書や身分証の偽造からハッキングまで高度な犯罪の下請けを担うニンベン師の長井(罪悪感ゼロで牧歌的な染谷将太)に、対象の物件をリサーチする情報屋でシャブ中の竹下(小物感があふれ、「ヴィトン!」と叫ぶ姿が強烈で忘れられない北村一輝)。唯一、人としての逡巡を見せるのが、主人公の辻本拓海(綾野剛)だ。
拓海はハリソンが一から育て上げた地面師。交渉役として表に出るだけでなく、リスク回避に機転を利かせ、情報の精査も行う。右腕として優秀だが、実は自身も地面師詐欺の被害者で、妻子を失った過去がある。虚無感から犯罪に手を染めるも、心情が揺らぐ繊細な役どころ。見事な人ニ非ズっぷりの俳優陣の中で、唯一人を憂える役は、綾野剛の本領発揮といったところだ。 この地面師チームを追う2課の刑事には、リリー・フランキーと池田エライザ。警察側が絶望も希望ももたらす展開はクライムサスペンスの醍醐味ともいえよう。 被害者側もアク強め。まんまとダマされる不動産会社の面々(駿河太郎、山本耕史)は成功と男根が直結している分かりやすさ。資産価値100億円以上の土地をもつ地主、しかも色欲強めの乱れ尼(松岡依都美)に、図に乗っているホスト(吉村界人)など、それぞれの見せ場と役割をまっとうできる布陣で固めている。業の深さ、欲の強さ、人間の裏地をベロンと皮剥がしてまるっと見せていくわけよ。 地面師の手口を丁寧に描き、手に汗握る展開には良心の呵責(かしゃく)が生じる。詐欺は犯罪と思っていても、地面師たちがリスクを回避したら安堵したり、なんなら成功を祈る自分もいる。正しくない人の暗躍ほど内なる矛盾を味わえる。これぞドラマに求めるモノなのかも。
吉田 潮(よしだ・うしお) テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。 「週刊新潮」2024年8月29日号 掲載
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