懸念される“AI格差社会”の訪れに備えて――生成AIフレンドリーに生きる手立てを考える
AI関連ニュースが頻繁に報じられる昨今、時おり話題になるのが「AIと労働」というトピックだ。こうしたトピックが取りあげられるのは、AIが進化するたびに労働者の間で「AIによって失業してしまうのではないか」という懸念が広がるからだ。 【画像】AIによる「収入変化」に関する未来予測 このトピックに関して、国連で金融問題を担当するIMF(International Monetary Fund :国際通貨基金)が2024年1月、「生成AI:人工知能と仕事の未来」と題したレポートを発表した(※1)。本稿では同レポートを要約することで “AI格差社会”到来のリスクを確認したうえで、生成AI時代を生き抜くための手立ても明らかにしたい。 ■すべての職業は「AI得組」「AI損組」「AI無縁組」に分類できる 前述のIMFが発表したレポートでは、AIが職業に与える影響を考察するにあたって、以下のような2つの概念を用いている。 暴露(Exposure):任意の職業が「AIから影響を受けやすい」度合い。暴露が高い職業ほど、AIからの影響を受けやすい。 補完性(Complementarity):任意の職業が「AIによるポジティブな影響を受ける」度合い。補完性の高い職業ほど、AI導入によって業務効率化できる。反対に、補完性の低い職業はAIによる代替のようなネガティブな影響を受ける。 以上の2つの概念を組み合わせることで、すべての職業は以下のような3つに分類できる。 AI得組:高暴露かつ高補完性の職業。つまりは、AI導入によって業務の効率化をはかれる職業。このグループには、専門職や管理職が含まれる。 AI損組:高暴露かつ低補完性の職業。つまりは、AIによって代替される可能性が高い職業。このグループには、事務職が含まれる。 AI無縁組:低暴露な職業。つまりは、AIによる影響がほとんどない職業。このグループには、肉体的単純作業の従事者が含まれる。 なお、あらかじめて断っておくが「AI得組」「AI損組」「AI無縁組」といったグループ名は、わかりやすさを考慮して本稿で使う名称であり、IMFレポートでは使われていない用語である。 以上の3つのグループの職業人口構成は、各国の経済状況によって異なる。以下のグラフは、そうした各国の職業人口構成を表したものだ。左側のグラフは世界平均、先進国(AEs:Advanced Economies)、新興国(EMs:Emerging Market economies)、低所得国(LICs:Low-Income Countries)の職業人口比率であり、AIによる影響を受けやすい世界のAI得組とAI損組を合わせた比率は約40%となる。先進国となると60%となり、新興国や低所得国では40%を下回る。このグラフを見て分かるように、経済力が強い国ほど、AIによる影響を受けやすいのだ。 右側のグラフは、代表的な国の職業人口構成を表している。「GBR」はイギリス(グレートブリテン)、「USA」はアメリカを意味するのだが、両国とも先進国なのでAI得組とAI損組の合計が60%前後となっている。日本も先進国なので、AIの影響を受けやすい職業は約60%と考えられる。 ■先進国ほどAI得組が多く、金持ちほどAIで得をする IMFレポートは、各職業と前出の3つのグループの関係も考察している。以下のグラフは典型的な先進国であるイギリス、新興国代表のブラジル、そして低所得国代表のインドの職業分布を表したものだ。たとえば中央のイギリスのグラフでは、AI得組に属する代表的な職業である専門職(いちばん左側の棒)が雇用全体の30%を占めている。注意すべきなのは専門職の多くはAI得組に属しているが、そのなかでもAI損組やAI無縁組もいる。 新興国ブラジルにおける専門職の雇用比率は、12%程度でありイギリスより低くなっている。そして、低所得国インドにいたってはAI無縁組の典型的職業である肉体的単純作業の従事者が25%を占めている。以上のグラフより、経済力の強い国ほどAI得組が多いと言える。 AIの影響を受けやすいAI得組とAI損組に関して、収入と労働者数の関係を明らかにしているのが以下のグラフである。左側のグラフは、横軸にAI損組の労働者を年収帯の低い順から高い順に左から右にならべ、縦軸を労働者の割合としたものだ。 折れ線が左から右に向かってほぼ等しい高さなのは、AI損組においては低収入者から高収入者まで満遍なくいることを意味している。 中央のグラフは、AI得組について労働者の収入と割合を表している。折れ線が右側で上がっているのは、高収入な労働者が低収入なそれより多いことを意味する。あえて言葉を選ばずに言い換えると、AI得組に関しては貧乏人よりも金持ちが多いのだ。 さらに右のグラフは、横軸にすべての労働者を年収帯の低い順から高い順に左から右にならべ、縦軸を労働者が就いている職業の補完性(AIによるポジティブな影響の受けやすさ)の平均としたものだ。折れ線の右側が高くなっているのは、高収入な労働者ほど補完性が高い、つまりはAIによって得しやすいことを意味している。一連のグラフより、金持ちほどAIによって得しやすいことがわかる。 以上のようなさまざまなグラフにもとづけば、 “先進国ほどAI得組が多く、金持ちほどAIで得をする”と結論できる。 ■AIは「国家内」と「国家間」両方の経済格差を広げる? IMFレポートでは、AIによる収入変化に関する未来予測も行っている。未来予測は、AI導入効果が穏やかな場合、AI導入効果が急激な場合、AI導入が急激かつ生産性も向上する場合の3つのシナリオを想定して行った。なお、この未来予測は典型的な先進国の一例としてイギリスを対象としている。 3つのシナリオにおける収入変化を表したのが、以下の3つのグラフである。横軸には全労働者を年収帯の低い順から高い順に左から右にならべ、縦軸は収入の増減率としている。左側が、AI導入が穏やかな時のグラフである。全労働者が収入を増やしており、なかでも高収入な労働者が大きく増やしている。 AI導入が急激な時のグラフが中央である。高収入な労働者が収入を増やしている一方で、低収入な労働者は収入を減らしている。こうした予測は、AI導入が急速に進んだ場合、AI損組に属する低収入労働者の仕事がAIによって代替されて行き場をなくしてしまうことにもとづいている。 右のグラフが、AI導入が急激かつ生産性も向上する場合である。全労働者が収入を増やしているなか、高収入な労働者が大きく収入を増やしている。 ちなみに、グラフの青色部分は労働による収入を表し、オレンジ色は資本からの収入を意味している。高収入な労働者ほど資本収入が増えるのは、労働よりもAIによる投資から収入を得るようになるからだ。 IMFは、各国の将来的なAI導入速度についても考察している。AI導入速度を推定するのに使われるのが、「AI準備度(AI Preparedness index)」と呼ばれる指標である。この指標は、AIを導入できる体制の完成度をデジタルインフラや雇用状況などから算出したものである。以下のグラフは、縦軸にAI準備度、横軸にAIによる影響を受けやすい労働者の割合として、各国をプロットしたものだ。 以上のグラフでは、先進諸国がグラフ右上、低所得諸国が左下、新興国がこれらの2グループにはさまれている。この分布から経済力の大きな国ほどAI準備度が高く、またAIによる影響を受けやすい労働者が多い傾向がわかる。したがって、経済力が大きい国ほどAIを早く導入して、その恩恵を得られやすいと言える。 IMFレポートはAIと労働の関係をさまざまな角度から考察しているが、そうした考察から導かれる結論は以下のような2項目に集約されるだろう。 (1)専門職や管理職といった高収入な職業ほど、AIによって得をする。 (2)AIの導入が進むと、国家内および国家間の経済格差が拡大する。 以上の結論が示唆する “AI格差社会”の到来に対して、各国政府は行き過ぎた経済格差を緩和するための政策を立案・施行すべき、と警告してIMFはレポートを締めくくっている。 続けて、次項からはこうした“AI格差社会”を生き抜くための手立てを考えていこう。 ■生成AIフレンドリーになる手立ては“すでに揃っている” 前項でも結論づけたように、世界で生成AI導入に関する圧力がますます強くなっていることから、IMFレポートが警告するAI格差社会の到来は避けられない、と筆者は考えている。日本政府が進めているAI教育やAIに関するリスキリング(学び直し)の政策が施行されたとしても、AI格差はなくならないだろう。 しかし一方で、「押し寄せるAI格差社到来の波の前では、為す術がないのか」と問われれば、否と答えられるだろう。生成AI普及の波に飲み込まれるのではなく、乗りこなせばいいのである。そして生成AIに慣れ親しめば、むしろそれはAI格差社会を生き抜く仲間となり、武器にさえなる。 幸いなことに、生成AIに慣れ親しむ手段は現時点ですでに整備がされている。無料で使える対話型AIだけでも、『ChatGPT』『Gemini』『Copilot』と、これだけのプロダクトが揃っている。 まずはこれらのAIを使い込んでみて、飽き足らなくなったら有料版にアップグレードするとよい。そうなった頃には、立派な生成AI上級ユーザーになっているだろう。 生成AIに関して体系的な知識を習得したいのであれば、「生成AIパスポート試験」の受験を検討するのもよい。この試験には公式テキストが用意されており、このテキストを眺めるだけでも、生成AI入門者から脱却する第一歩を踏み出せる。同テキストには、生成AIの技術的背景から生成AIを使いこなすために必要なプロンプトエンジニアリングの基礎が解説されているからだ。 もし自分が生成AIが役立ちそうもない仕事に現在就いていたとしても、生成AIの知識が無駄になることはないだろう。というのも、生成AIは日進月歩の勢いで進化し続けているからだ。 ほんの数年前までは考えられなかったようなこと、たとえば「ウェブページのデザイン画面からウェブページのプログラムコード(HTML)を生成する」といったことが今ではAIによって簡単にできてしまうように、言語処理、画像生成、画像認識、動画生成などそのユースケースは今なお広がり続けている。たとえ今はAIを自身の仕事の活用できない状況であっても、将来は使えるようになるかも知れないのだ。 (参考:https://front-end.ai/) 生成AIに慣れ親しむためにもっとも必要なことは、生成AIを面白いと思う好奇心である。こうした好奇心をもって生成AIフレンドリーな日々を送っていれば、AI格差社会が本格的に訪れたとしても恐れることはないだろう。 (※1)IMFブログ記事「AI Will Transform the Global Economy. Let’s Make Sure It Benefits Humanity.」 https://www.imf.org/en/Blogs/Articles/2024/01/14/ai-will-transform-the-global-economy-lets-make-sure-it-benefits-humanity (Photo by Unsplash)
吉本幸記