なぜ今ベーシックインカムなのか 第2回:「ベーシックインカム」という考え方 同志社大学・山森亮教授
前回、日本の社会保障制度がモデルとしたイギリスにおいても、生活保護に相当する仕組みの限界を指摘し、別の仕組みの導入を訴える人たちがいることを紹介した。そのうちの一人ガイ・スタンディング教授(ロンドン大学)が現在来日中である。彼は長年、ILO(国際労働機関)に務める傍ら、ベーシックインカム欧州ネットワーク(現在は世界ネットワーク)の中心人物として、ベーシックインカムという考え方を提唱してきた。 【写真】第1回:社会保障制度の“限界”
■「無条件で」「普遍的に」
ベーシックインカムとは、社会がその全ての成員に対して、無条件で、普遍的に、個人単位で、尊厳をもって生活を営むに足る所得を給付するという考え方である。ここで「無条件で」とは稼働能力などを問わないということである。「普遍的に」とは、所得や資産などの多寡を問わずということである。「個人単位」とは、世帯主ではなく個人個人に支払われるということである。 「全ての成員」が誰を指すかは議論があるが、多くの論者は「市民権を保持する人々」が対象となると考えている。また個人単位に支払うと言って、未成年の子どもに直接支払うのか、など、論者によって議論が分かれてもいる。ベヴァリッジ型の社会保障といっても、イギリスと日本で制度が大きく違うように、ベーシックインカム型の制度といっても、その実際の形は社会によってかなり違う可能性がある。とはいえ、市民権を持つ成人には、本人個人に無条件で普遍的に支払われるという点については、ほどんどの論者が同意している。 スタンディング教授が2011年に刊行した『プレカリアート』(未邦訳)は、金融危機後の社会不安に苦しむ欧州と北米で、好意的に受け止められてきた。「プレカリアート」とは、直訳すれば「不安定労働者」とでもなるだろうが、10数年ほど前に、非正規労働の増大にともなって従来の「労働者階級」=プロレタリアートにかわる、新しい変革の主体をあらわす言葉として、イタリアで社会変革を求めて行動する新しい世代の人々が造語したものである。