「帰りたかったが、あきらめた」3年たっても帰還2割、土石流被災地・熱海の遠い復興 工事の遅れや行政との軋轢・・・それでも住民は「新しい伊豆山」のために奔走する
斉藤栄市長は今年6月28日の記者会見で「復興が遅れていることは否めない。進捗状況の詳細を伝えることに力を入れていきたい」と話した。一方、住民説明会では、行政の担当者と膝をつき合わせた対話に好意的な意見もあった。同地区で起きた空き巣や不審火について、市側が住民の意見をくみ取り、街灯の増設や防犯カメラの設置といった対策を取るなど効果を上げているものもあり、市は住民との対話の機会確保を模索する。 復興政策に詳しい大阪公立大の菅野拓准教授は、自治体が住民の声を聞く重要性を強調する。東日本大震災では、行政が議会や住民と調整して意見のくみ取りに注力した地域の復興はスムーズだったとして、「一度失った信頼を取り戻すには何倍もの時間がかかる。市長や担当者が自ら足を動かし、住民の声を聞く機会をつくり反映させるべきだ」と指摘する。 ▽心の寄りどころに 課題が山積みの被災地だが、復興に向けて歩みを進める人たちもいる。神奈川県湯河原町に避難する太田滋さん(67)は川の近くで暮らすことに不安を感じ、伊豆山地区の別の場所で暮らす予定だが、全壊判定された自宅の再建を進め、家を残す。家族と過ごした思い出などが詰まった大切な居場所だからだ。「残すことで、心の寄りどころになれば」と願う。
柱と基礎部分が残った自宅は、大工に「再建できるかも」と言われ、修復することに決めた。「土石流を絶対に忘れてはいけない」との思いを込め、屋根などに飛び散った泥の跡を残すことにこだわった。 ▽この店を、住民がつながる場所にしたい 高橋一美さん(47)は、地区内の古民家をリフォームしたカステラまんじゅう店をオープンさせた。自身も被災したが、発生当初から被災者への物資配達などの支援を続ける。住民が戻らない町の活気を取り戻すため奔走し、拠点を作り、被災者らの交流を促してきた。 「この店を、住んでいた人や住み始める人がつながる、新しい地域コミュニティー形成の場所にしたい」。坂が多くてコンビニもなく住みづらい、高齢化の進む町だからこそ住民の助け合いが大切だと身に染みている。 被災から3年がたっても問題は山積みで、復興の出口は見えない。それでも振り返ることはしない。「被災をしてマイナスから始まったが、生まれ変わった伊豆山を発信していきたい」
× × 熱海市の大規模土石流 2021年7月3日午前、盛り土を含む大量の土砂が伊豆山地区の逢初川を下り、家屋を押し流しながら約2キロ下の伊豆山港に到達した。災害関連死1人を含む計28人が命を落とし、最大582人が避難した。 市は同年8月、二次災害の恐れがあるとして同地区の一部を原則立ち入り禁止とする警戒区域に指定、2023年9月1日に解除された。盛り土の高さは、起点の土地の旧所有者が市に届け出た15メートルの3倍以上に当たる最大約50メートルに達していたとの見方がある。 静岡県警は違法造成が原因の可能性があるとして、現所有者も含め捜査を続けている。