『最後の乗客』不思議な都市伝説から始まる号泣必至のストーリー【おとなの映画ガイド】
映画『最後の乗客』が10月11日(金)、公開される。クラウドファンディングで製作された、上映時間55分の自主制作作品だ。東京都心で上映する映画館は『カメラを止めるな!』や『侍タイムスリッパー』を最初に公開して火付け役となった池袋シネマ・ロサと、日本のミニシアターを代表するユーロスペース。メジャー作品とはちがう、中編、小規模公開の映画だが、世界各地の映画祭や試写会などで、高評価の声があがっている。思わぬヒット作になるかも。 【全ての画像】『最後の乗客』の予告編+場面写真(7枚)
『最後の乗客』
波立つ海のショットに 「あれから10年後」 「とある東北の海辺の町」という文字が映し出される。 ほどなく場面は変わり、終電の客もまばらになった駅のロータリー。 客待ちをしているタクシー運転手の遠藤(冨家ノリマサ)に、同僚の竹ちゃん(谷田真吾)が声をかけてくる。 「最近でるんだってよ。夜遅く浜街道流してると、若い大学生くらいの子がひとりポツンと立ってるんだって ……」 遠藤は、「へーっそうなんだ」と相づちをうち、今夜最後の“ひと稼ぎ”と思って、駅をはなれ、夜の街を流す。 すると、浜街道で、本当に若い女性が立ち、手をあげてきた。乗せると「浜町」まで行きたいという。 映画はそんな風に謎めいた雰囲気で始まる。 実は遠藤にも、東京の大学に行ったきり、連絡ひとつよこさない娘がいる。多少心配になり、「お客さんはどちらから?」と話をむけるが、客は返事もしない。 車を走らせていると、突然、前方から子ども連れの女性(長尾純子・畠山心)が道にとびだしてきた。大事はなかったものの、そこから、車がエンストし、電波が途絶えるなど、不可思議なできごとが起きて……。 ここからはネタバレになるのでちゃんと書けないのだけれど、日常の世界でありながら、それを超越したかのような事象が起こっていく。ともすると、途中で「なんでそうなるの?」という疑問が渦巻いて、おいてけぼりを食らう気持ちになる人もいるかもしれないが、すべては結末に向けての伏線だから、受け入れながら、感性をフル回転して観てほしい。 登場人物もロケ場所も少なく、55分の短さだが、濃密な時間がながれる。すでにタイトルからして、伏線なのだ。 タクシー運転手・遠藤とその娘・みずきのエピソードが、ドラマの中心になる。みずきを演じる元AKB48の岩田華怜は仙台市の出身だ。 遠藤役の冨家ノリマサは、連続テレビ小説『おしん』(1983) で俳優デビューし、NHKの大河ドラマ含め数々の作品で活躍する実力派俳優。奇しくも、8月17日にシネマ・ロサ1館で封切られ、その面白さから現在139館以上での拡大公開が決定している自主制作映画『侍タイムスリッパー』で、キーマンとなる時代劇の大スター役を演じている。本作もそうだが、渋い演技の中から溢れだす“人情味”がたまらない。 監督は、制作・原作・編集も手掛けた堀江貴。南カリフォルニア大学映画学科を卒業後、大江千里のミュージックビデオなど、数々の映像制作で活躍するクリエーターだ。宮城県仙台市出身。東日本大震災のときはニューヨークにいて罹災はしなかったが、震災直後から追悼式には毎年欠かさずに出席するなど、「生を受けた故郷のために 何ができるか」を自問しつづけ、『リバース Tohoku 2021 ~輝く未来へ~』プロジェクトを立ち上げた。 その最初の一歩が、この「東日本大震災10年メモリアル作品」の制作だったという。 撮影監督の佐々木靖之も宮城県の出身。『寝ても覚めても』(濱口竜介監督)、『あのこは貴族』(岨手由紀子監督)、『Cloud クラウド』(黒沢清監督)などを手がけた名手だ。印象的な海のシーン、夜の多いロケ撮影など、映像の力も大きい。 2022年11月のモントリオール・インディペンデント映画祭に始まり、2023年3月のインターナショナル・マンハッタン・フィルム・アワードの最優秀外国語長編映画賞受賞など、カンヌやヴェネチアといったメジャーの国際映画祭ではない、インデペンデント系の映画祭の賞が多く並ぶ。2023年3月には、仙台でも披露上映会が行われた。 おそらく監督みずから、映画を携えての世界行脚だったのだろうと想像できる。映画のなかで、炒り卵を具にしたおにぎりが、ある重要な役割をになうのだけれど、海外の映画祭では、監督がごはんを炊いて自分でおにぎりを作り、お客にふるまったという。 そんな、ていねいな手作りの味がする作品だ。大地震や大洪水、交通事故……、突然の災難の後に襲ってくる無念や喪失感に、魂の部分で触れてくれる。 正直に言うと、結末がわかってから観た2度目の方が、“隠し味”がきいてきて、号泣度が増した。不思議な映画です。 文=坂口英明(ぴあ編集部)