いま世界中のホテル好きがその客室を狙う、「ジャヌ東京」宿泊体験記
2024年3月13日、麻布台ヒルズ内に「ジャヌ東京」が開業した。「ジャヌ」は「アマン」の姉妹ブランドで、世界に先駆けて1軒目のホテルだ。その宿泊はいかなるものか、実態をレポートする。 【写真を見る】部屋の様子をチェック!
「アマン」と「ジャヌ」の違いとは?
3月13日の開業からしばらく、海外メディアから、「ジャヌ東京」への取材依頼が殺到したという。「アマン」の姉妹ブランドホテルの世界第一弾とあって注目度は大きい。昨年、『世界のベストホテル50』で「アマン東京」が5位となり、海外のホテル好きは「ジャヌ東京」への期待も膨らむ。 「ジャヌ」はサンスクリット語で“魂”を意味し、「つながり」「インスピレーション」「探究心」をコンセプトとする。静かにプライベートの時間を過ごす「アマン」の隠れ家感とは対照的に、「ジャヌ」は躍動感に満ちたムードで新たな出会いや発見をもたらす。 エントランスは神谷町駅直結の麻布台ヒルズ内レジデンス A1階。入口こそ控えめだが、その先には、いまの東京でこんなダイナミックなホテルが作れるのかと驚くスペースが広がっている。8つのレストラン&バーのひとつであるモダンチャイニーズ「虎景軒(フージン)」は、計131席と国内ホテルの中国料理では最大級。「ジャヌ ウェルネス」は総面積約4000㎡と、こちらも圧倒的に広い。景気がいい街のような、進み歩くことが楽しい活気が既にできあがっていた。 5階のレセプションに着くと、目の前に東京タワーがそびえ立つ。絵的に面白いのが、カウンターに盆栽が置かれ、東京タワーと共演していること。筆者がその写真を撮っていると、カウンターに立つ女性スタッフが、「100年以上前からの盆栽で、木の白い部分は死んでしまっていて、黒い部分は生きているんですよ」と気さくに教えてくれた。死と生が共存する盆栽に、外国人が日本を知るように感心してしまった。 なお、1階インフォメーションデスク、3階「ジャヌ ウェルネス」のレセプションにも盆栽が置かれている。ゲストとスタッフが接する場所に盆栽を置いたことで掴みがいい。カウンター周りはヨーロピアンスタイルなので、和洋融合の見応えもある。 ■ホテルを探検したいのに客室に篭もりたくもなる 6階から13階に位置する計122の客室はすべて55㎡以上。デザインは「アマン東京」のような日本風と違い、ヨーロッパ的スタイルがベースにありながら日本の風情を感じられる造りとなっている。例えばベッドのヘッドボードは、ヨーロッパらしいシンプルな装飾枠に日本の左官職人による土壁を組み合わせたものだ。 バスルームと寝室の仕切りは障子を思わせる造り。仕切りを開ければ大きなバスタブが客室に溶け込み、リゾート的なゆったりとしたバスタイムを堪能できる。そして入浴後に着る麻の部屋着がまた気持ちいい。約9割がバルコニー付き、つまりは都内ラグジュアリーホテルでは数少ない窓を全開できるホテルであり、風を感じられることも大きなメリットだ。 照明の調光は7段階と細かく、暗めの雰囲気もよい。冷蔵庫にはホテルオリジナルの日本酒や、シャンパーニュの「テルモン」、徳島のクラフトビール「カミカツビール」を用意。スピーカーはバング&オルフセンの「Beosound Emerge」、バスアメニティはサンダルウッドなどが香るホテルオリジナル。ディテールの上質さが客室にいる時間を豊かにしてくれる。 ■完全無欠のウェルネス施設 宿泊してみて最大のインパクトを感じたのは、「ジャヌ ウェルネス」だった。利用は宿泊ゲストとメンバーシップ会員のみ。結論、国内ホテル随一のメンバーシップである(料金はホテルに問い合わせを)。 箱からして前例がなく、約4000㎡もの広さに、ハマム(トルコ発祥のサウナ)とバーニャ(ロシア発祥のサウナ)を備えた2つのプライベートスパハウス、シミュレーションゴルフやボクシングのリングを含む5つのムーブメントスタジオがあり、圧巻なのがプールだ。おそらく国内ホテルで最も広いプールサイドをもつ屋内プール。設えのよいデイベッドが並びジェットバスも備え、海外の高級リゾートのような非日常空間である。 特筆すべきは、ここが“ソーシャルウェルネス”をテーマとしたウェルネス&スパ施設であること。グループフィットネスが多彩で、仲間や他のゲストと一緒に取り組むプログラムを毎日7~8種も用意する。しかも、半数以上は無料。ホテルでのグループフィットネスは、旅先のひとときの出会いのようで、一緒に同じ目標に向かって身体を動かすと、不思議な一体感が生まれる。 筆者は一泊の間にアウトレース、スピニングバイク、メディテーションに参加したところ、すべてトレーナーが素晴らしかった。スカッと明るく健やかな人に導いてもらえるだけで、受ける価値がある。また、「ジャヌ ウェルネス」では、トレーナーに下の名前で呼ばれることも特徴だ。これには親しみを深める意図があるらしく、知らないゲストとの距離感も少し縮まる。 例えば6種目を連続して続けるアウトレースでは、名前を呼び合いながら重いボールをパスする運動があり、体験入部のような初々しい気持ちに。きつくても、「あと3回!頑張りましょう!」とトレーナーが鼓舞してくれるから、自分だけサボるわけにはいかない。レンタルしたスニーカーはスイスの「On」で、終わる頃には運動へのモチベーションが上がって同じ靴を購入したくなっていた。 スピニングバイクは、慣れた海外のゲストと一緒だった。アップテンポな音楽がガンガンかかるなか、「フゥ~!」とノリよく声を出す彼女を隣に、このエクササイズはそれぐらい高いテンションで挑むのが正解だと知る。声は出せなかったものの、ラスト1曲、Imagine Dragonsの『Natural』の頃には、内心熱くなっていた。 メディテーションは邪念が入ることが心配だったが、「途中で色んなことが頭に浮かんでも、その考えと向き合えばいいです」と言われ、日々邪念がうずまく自分が肯定された気に。瞑想で大事なのは、“いま”その瞬間を意識することらしい。安心して邪念に集中すると、くだらないことが意味を広げて楽しくなってきた。 3つのプログラムを通して実感したのは、ホテル業界でウェルネス全盛のいま、心身にまつわる新たな価値観を得られるか否かが要になるということ。近年は気づきを得られる場所をラグジュアリーととらえるホテルやゲストが増えていて、その時流に沿った場所だった。 もうひとつ、「ジャヌ ウェルネス」は、ラグジュアリーホテルでも目立って自然な会話が生まれる場所だった。早朝に「ジャヌ ウェルネス」に行けば、「おはようございます。一番のりですよ」と声をかけられるなど、やりとりに瞬間ごとの言葉がのってくる。言い過ぎに聞こえるかもしれないが、そもそもの本人の生活が楽しそうなムード。かしづくわけでもなく、フレンドリーすぎるわけでもなく、絶妙な塩梅の人が揃う。 ■友人を誘いたくなるダイニング 宿泊時は8つあるレストラン&バーのうち、炭火焼きをモダンにアレンジした「SUMI」で夕食をいただいた。外国人ゲストが多い店と思いきや、その日は9割が日本人客。客席は焼き場を囲むハイカウンターで、東京タワーを望む。そんな大都会のロケーションながらアットホームで、隣の都内在住母娘は目が合った瞬間から挨拶をしてくれた。その後、会話も交わし、シャンパーニュまでご馳走になってしまった。ホテル内の他店を見ても、「ジャヌ東京」には感じのよいビジターやご近所さんが多い気がする。 「SUMI」のコースは、先付から始まり、吸い物、お造りと続き、会席の流れに炭焼きを組み込むスタイル。“炭遊び”なる串焼きのセットや黒毛和牛が、目の前で火入れされていく。途中の変わり蕎麦も印象的だった。桜海老を揚げてからこしたスープを蕎麦つゆとし、青海苔の天玉を添えた一品。海の香りと蕎麦の香りが入り混じり、日本酒ペアリングの「農口尚彦研究所 純米無濾過生原酒 2022」が進んだ。 別日に訪れたモダンチャイニーズの『虎景軒(フージン)』も、ぜひ知って欲しい。もし自分が「ジャヌ東京」に初めて入る友人と3~6人で食事をするなら、ここを選ぶだろう。料理長の山口祐介さんは、「ジャスミン」グループの総料理長を務めたあと中国へ渡り、浙江省の「星野リゾート 嘉助天台」の総料理長を務めたのち、帰国。台州料理のお母さんの味も知る山口さんが作る、「本日の鮮魚 台州風醤油煮込み」(時価)が素晴らしかった。 使った魚は長崎産アズキハタ。にんにくや生姜が効いた魚の出汁とラードが混じり乳化したスープがあまりに美味しく、それを白米にかけ、自家製XO醤をのせてかきこめば、再訪を誓わずにいられない。魚を丸ごと使うのでみなでシェアするのも楽しく、他にも「蒸し鶏の冷菜 上海風葱と生姜の翡翠ソース」(¥3,300)など、大皿料理がアタリ揃い。個室も充実しているので、ビジネスの会食にもおすすめだ。 最後に朝食について。宿泊には朝食がセットになっており、和食、洋食、ヴィーガンから選ぶことができる。和食を選び写真を撮ろうとしたところ、近くにいた若手スタッフが離れていた塩胡椒を「この辺りですかね?」と、さっとよい位置に動かしてくれた。一瞬のことだったが、速やかに気を利かせられることに感心した。 一泊の滞在中に関わるスタッフは限られるが、ひと言ふた言でも心象は随分変わってくる。そういえば、「SUMI」までの行き方を案内してくれた女性も、「ちょっと分かりづらいですよね」と、自然に共感を伝えてきた。仕事的な説明とは違う、少し肩の力が抜けた話し方が、聞く者を楽にしてくれる。 なぜ開業直後でそうなるのか? 聞けば、「ジャヌ東京」ではスタッフの40%が知り合い同士。“つながり”も含む「ジャヌ」のコンセプトに共感して入社した者が、開業前に設けられた“コネクト タイム”で、ともに働く仲間を知ることから仕事を始め、ゲストに対してもオープンマインドでいる。「温かく心のこもったサービスを大切にするジャヌ東京のコアプロミスのもと、日々の出会いを楽しみに、お客さまと“つながり”続けることを意識しています」とはホテル側の声。 そんなベースがあるから、入り混じるコミュニケーションが心地よいホテルだった。記憶に残るのは、最新トレンドのなかの人情味。始まったばかりのホテルの朗らかなムードが、今後どのように色濃くなっていくかも楽しみだ。 ■ジャヌ東京 1泊2名1室¥164,850~(税サ込、朝食付き) https://www.janu.com/janu-tokyo/ja/
文・大石智子 編集・岩田桂視(GQ)