学習に困難のある子の支援は「メガネ調整と同じ」 公立小教諭・井上賞子「方法はきっとある」
アナログにはない、ICTの学習における強みは「音」
いち早くICTを活用した特別支援教育を実践してきた島根県安来市立荒島小学校の教員、井上賞子氏。児童生徒の学びや生活をテクノロジーで支援する「魔法のプロジェクト」(※)でも多数の優れた実践研究を重ね、マスターティーチャーに認定されているほか、著書やウェブ上でオリジナルの教材や支援策などを広く発信している。そんな井上氏が考える、学習に困難のある子どもに必要な支援や、ICT活用とは。 ※ 東京大学先端科学技術研究センターとソフトバンクによる実践研究プロジェクト 【画像】足し算・引き算の暗算が定着していない子どもたちのために井上氏が作成した計算尺 ――学習支援にICTを活用しようと思ったきっかけを教えてください。 学びにくさのある子どもたちのために、以前からいろいろな方法を試して教材開発をしており、その一環でパソコンや学習ソフトも使い始めました。パソコンをはじめICTツールの強みは音が出ることと、反応が返ってくること、そして反復が苦手な子も楽しく繰り返せること。しかし、昔のパソコンはノート型のものでも大きく、パソコンがある場所に子どもが移動する必要があり、学習の中に滑らかに反映される状態ではありませんでした。 そこで使い始めたのが、持ち運びがしやすく学習系のソフトも充実していた任天堂DS です。DSはタッチパネルで書き込めるし、音によるフォローが可能。文字のお手本を見てもどう書けばいいかわからない子でも、動画で書き順や書き方を把握しやすいのです。ただ、パソコンソフトと同じくDSソフトも高価なので、東京に用事があるたびに中古ソフトのお店で使えそうなソフトを何時間もかけて探し、自腹で購入していましたね。 ──学習における困り事をICTで支援する「魔法のプロジェクト」に、2011年度から参加されています。 日本でiPadの発売が始まった当時、私の周りにはiPadを売っているお店はありませんでした。しかし、DSを活用していたので、タッチパネルかつたくさんのアプリを安価で入れられるiPadは絶対に学習に使えると確信しました。その頃の「魔法のプロジェクト」は特別支援学校が対象でしたが、iPadを活用するというので、「特別支援学級の教員が応募してもいいですか」とお願いし、ラッキーなことに選んでいただいたのです。 ──先ほど、ICTツールの強みは「音が出ること」とおっしゃっていましたが、具体的にはどういうことなのでしょうか。 例えば文字の学習では、音と文字の形がつながることが重要です。読みに困難がある子の中には、繰り返し書いて漢字を練習しても、音を紐づけて覚えられない子がいます。そういった子は、作業記憶によって形は記憶できても、思い出して読んだり書いたりすることが難しくなります。ですから、音と形をつなげ、両者をセットで覚えられるようにする必要があります。 以前は、自作のアナログ教材では音をつけるのが難しく、誰かがそばにいて音を教えてあげなければいけませんでした。その点、パソコンやDS、iPadなどは音の出る教材を使うことができ、誰かがいなくても自分一人で学習できるのです。 ──そうしたICTの強みが生かされた事例があれば教えてください。 以前、なかなか漢字が読めるようにならない子がいて、「よく使う漢字リスト」を作ってあげても効果が見えませんでした。漢字辞典で読み方を調べることも、小さな文字がびっしり並ぶ中から必要な情報を探さなくてはいけなくて、その子にとっては負荷が大きかったのです。 そこで取り入れたのがiPad。辞書アプリは手書き入力で形から調べることも、知りたい文字の音から調べることもできます。そういった調べ方を教えただけで、その子はものすごい勢いで漢字を読めるようになっていきました。 あまりに意欲が向上したので、「先生が教えるのとiPadで調べるのでは何がそんなに違うの?」と聞いてみると、「先生が教えてくれるってことは先生が賢いってことでしょ。でも、iPadを使っているのは僕なんだ」という答えが返ってきました。端末を使えば誰かがいなくても自分で解決できることが、その子の大きな自信になっていたのです。学びにくさや苦手なことがたくさんあっても、方法があれば学習の主体になれる。その繰り返しが学習の定着につながるし、自信も生むのだなあと実感しましたね。