「退職したら500万円の損害賠償請求」 5時間“軟禁”で従業員を引き止め、サイン強要 裁判所が会社に命じた慰謝料は
裁判所の判断
裁判所は「会社の行為は違法。Xさんに対して慰謝料15万円を払え」と命じた。 ■ 退職を思いとどまらせることは違法? 上記、なんでもかんでも違法になるわけではない。裁判所は以下のように考えている。 ・従業員が「退職したい」と申し出た場合、会社が「思いとどまるよう」説得することは許されるが、社会通念上相当な方法でのみ許されるにすぎない ・しかし! 説得する際に、暴行、強迫、監禁その他精神または身体の自由を不当に拘束する手段を用いるなどした場合には、退職の自由を不当に制限し、人格権を侵害するものとして違法となる 今回の判決では、この判断基準に照らした上で「500万円という損害の内訳や根拠についての説明はなく、不明というほかない」「この通知書は、Xさんが退職した場合には、Xさんや両親に対して合理的な根拠のない高額の損害賠償請求をすることを示し、退職を翻意させるものであり、Xさんの退職の自由を不当に制限するおそれがある不相当な手段」と判断された。 ようは、▼500万円という根拠不明な金額▼5時間の軟禁状態が、違法とされた大きな理由であろう。 ※ マメ知識 そもそもの話だが、従業員は自由に退職することができる。 〈民法627条1項:当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる(以下、略)〉
ほかの裁判例
退職の自由が民法627条1項に明記されているにもかかわらず、今回の事件のように誓約書にサインを求めてくる会社がある。以下、ひとつ事件を紹介する。 ■ 広告代理店A社元従業員事件(福岡高裁 H28.10.14) 従業員Yさんが退職を申し出たところ、社長が「福岡で仕事ができないようにしてやる」「天神を歩けないようにしてやる」と言い放った上、誓約書へのサインを求めてきた。 そこにはおおむね「キチンと引き継ぎしなかったら損害賠償請求されても異存はありません」との記載があった。次に示すように、損害の項目がモリモリである。 〈貴社が被った損害及び、給与、募集広告費、募集・採用に費やされた役員の経費、その後の新入社員の研修・人材育成に費やされた経費、退職することにより失った業務の得べかりし利益などの経済的損害について、損害賠償を請求されても異議ありません〉 異議しかないのだが…。 Yさんは社長に押し切られる形でサインしてしまった。しかし、裁判所は会社に鉄槌(てっつい)を下し「Yさんに慰謝料5万円払え」と命じている。
最後に
もし、XさんやYさんが突きつけられたような書面にサインしてしまった場合でも、会社からの損害賠償請求が認められることはないと考えるが(公序良俗違反)、ワル知恵の働く会社は、軟禁状態を回避して「自由意志でサインした」と主張できるよう状況を整えてくるおそれがある。 なにか不利な書面へのサインを求められた場合には、Xさんのように断固拒否することをオススメする。いやしかし、Xさんの対応は素晴らしかった。おつかれさまでした。 ■ 林 孝匡(はやし たかまさ) 【ムズイ法律を、おもしろく】がモットー。情報発信が専門の弁護士です。 専門分野は労働関係。好きな言葉は替え玉無料。
林 孝匡