「最高」で「納得」のサッカー人生 澤穂希 あくなきサッカーへの情熱
サッカーがなければ澤穂希ではない――。突然の引退を表明した女子日本サッカー界の希代のMFはサッカー人生を振り返り、そう語った。20年以上にわたって女子日本代表(なでしこジャパン)をけん引し、2011年にはワールドカップ(W杯)で世界の頂点に導いた澤。数々のゴールで日本を救ってきたレジェンドが現役を去る。
最高のサッカー人生
17日午後、都内で行われた引退会見。「今季を持って現役引退を決断した。理由は心と体が一致してトップレベルで戦うことが難しくなったと感じた」。そう切り出した澤は、こみ上げてくる思いをこらえるように唇をかみしめ、無数のフラッシュの中、しばし言葉をつまらせた。しかし、その後は吹っ切れたように笑顔で振り返った。 「人生最大の大きな決断となったが、悔いのない、やり切った最高のサッカー人生だった」。澤は会見中、すがすがしい表情で何度もこの言葉を口にした。
満足というよりは納得
まさにレジェンドだった。15歳で代表デビューした澤は、女子W杯に6大会連続で出場。代表としての通算出場205試合と83ゴールは歴代最多を誇る。20年以上にわたり、それまでけっしてメジャースポーツではなかった女子サッカーのパイオニアとして、なでしこジャパンをけん引してきた。 圧巻は2011年のW杯ドイツ大会。主将として臨み、決勝の米国戦では、勝ち越された後の延長後半に起死回生の同点ゴールを挙げた。澤自身も「一番嬉しかったこと」に挙げた、このコーナーキックからの右アウトサイドのゴールで日本を初優勝に導いた。 この大会で5ゴールを挙げた澤は得点王と最優秀選手に輝き、アジア人として男女初となるFIFA最優秀選手賞に選出。なでしこジャパンとして国民栄誉賞も受賞した。 そんな「最高のサッカー人生」に対して、澤は「満足というよりは納得」という表現を使って振り返る。「W杯で優勝して、バロンドールも取ることができた。納得ができた」。
澤穂希にしかできない仕事を
持ち続けてきたのはサッカーへの情熱だった。「サッカーがなければ澤穂希ではない」。純粋にサッカーが大好きという思いだけでやってきたという澤は、どんな苦境に陥っても「サッカーを嫌いになったことは一度もない」と言い切る。 なでしこのエースとして、10番として、チームを引っ張ってきた。そこには澤なりの思いがあった。「言葉だけで言っても伝わらない部分がある。グラウンドで結果を出せばついてきてくれる。その思いで結果を出すことを考えてきた」。それを澤は見事に体現してきた。「ここぞで決める勝負強い選手といってもらえた。その部分は伝えられたのかな」。 現役復帰はあるか、の問いに「ない」と明言した澤。引退後は、少し体を休めてから「澤穂希にしかできない仕事をやっていきたい」と語り、女子サッカー界と自らの未来を見据えた。 (撮影:山本宏樹/DELTA PHOTO)