麻実れいさん、50年間の俳優人生を振り返って「自分はものすごく運が強いと感じています」
ローレンス・オリヴィエ賞4部門、トニー賞4部門を受賞した舞台『インヘリタンスー継承―』が日本で初演される。個性溢れるキャストたちとともに、ベテランの大女優、麻実れいが新たな境地を拓く 【写真】麻実れいさん、73歳の美貌
2020年にコロナ禍で上演が中止となり、2023年に再演され、自身にとって25年ぶりのミュージカル作品への出演となった『アナスタシア』ではマリア皇太后を演じ、気高く、圧倒的なオーラを放っていた麻実れい。 数々の名作で役の本質を捉え、体現してきた彼女が挑む次回作は、2018年にロンドンで世界初演され、ウエスト・エンド、ブロードウェイと上演を重ねてきた『インヘリタンスー継承―』。病気やマイノリティに対する差別や偏見を乗り越えていく人々が描かれており、各地で大きな話題となった作品だ。 麻実れいが本作で演じるのは、70代の主婦・マーガレット。後篇の終幕に20分だけ登場するこの人物は、どんな爪痕を残していくのか、今から期待は大きい。 ――麻実さんはどの作品でも演じている役としてその存在感を放っていますが、役の切り替えは速いタイプ、それとも没頭するタイプですか? 私はあまり器用ではないので、役に入ったらどっぷりと浸かります。でも器用ではなかったことが、むしろ良かったと思っています。それは不器用者には、“絶対に役を自分の手から離して歩くことができない”という強みがあるからです。ですから、一つが終われば忘れてしまいますが、次の作品を手がけ始めると一気に集中していく。一つの作品に取り組んでいるときに、次のものが重なってしまうと、私は先に進めません。熊林さんには“自分のマーガレットを創りたい”とお伝えしたので、先入観なく取り組めるように他の方が演じている映像などは拝見していません。『アナスタシア』が終わってから『インヘリタンスー継承―』に没頭します。 『アナスタシア』が始まる前に一度、仮の台本をいただいて、私が演じるマーガレットの3分ほどの長台詞を不器用ながらも覚えました。その時に意味が分かりづらいところなどをご相談して変えていただきました。新しくいただいた台本を拝見しましたが、とてもシンプルで分かり易くなっていました。今はまだ、頭の中で文字を通しで記憶しているだけなんですが、その言葉たちが全部、私の身体に入ってきて、心の中に入ってくると、言葉が生きてくるわけです。稽古を重ね、初日が開いて回数を重ねていくと、徐々に気持ちも積み重ねていける、それが私の演り方です。 ――麻実さんはどのようなきっかけで俳優の道を歩まれたのでしょうか? 私は三人姉妹の末っ子なのですが、二人の姉とは年が離れていました。一番上の姉は宝塚歌劇団のファンで、私が中学生の頃、進路を決めるときに、姉は自分が受けたいけれど無理だからという思いがあったようで、私に「宝塚音楽学校を受けてみたら?」と勧めてくれました。私はというと、音楽学校に合格すれば宝塚に移り住んで、親から離れて気楽に過ごせるかなという気持ちになって、受けてみたら合格しました。私が入団した1970年には大阪の万国博覧会をお祝いした公演が行われたり、1974年には『ベルサイユのばら』が初演されて大ヒットしたりと、急激なスピードで宝塚歌劇団の人気が上昇した時期でした。もし姉のひと言がなかったら、生まれ育った神田明神の界隈で適当な人を見つけて結婚して、子沢山な人生を歩んでいたのではないかとふと考える時があります(笑)。 これは余談になりますが、私の実家は刀剣金具製造業を営んでいて、父はどうしても跡取りが欲しかったんですが、産まれてきた子が二人とも娘だったので、半ば諦めていました。ところが少し間を開ければ男の子が産まれるかもしれないということを真に受けて授かったのが私でした。産院で「男の子のような女の子です」と言われた途端、父は私の顔を見ずに帰ってしまったために、母は病室で泣き明かしたそうです。父は名付けをする気力もなかったらしく、私の名前は神田明神の宮司さんにお願いして、親孝行するようにという意味から「孝子」と名付けていただきました。 人間って面白いですよね。私は神田明神とご縁があってずっと見守っていただいていて、逆に神様が心配してくださって見届けなくてはいけないと思って、今に至っているかもしれないです。ふと考える時があるんですが、私がもし細胞分裂で男の子として産まれていたら、全く別の道を歩んでいたかもしれません。その凄さや不思議さを感じますし、自分の与えられた場所で自分が生きる道を見つけられた人は幸せだと思います。