コロンビア大学院で再び「ビリギャル」に 小林さやかさんの「次の目標」は?
「自分史上のビリ」は、挑戦した証し
――高校生たちへの講演から始まったビリギャルの活動ですが、今は親に対しても伝えたいことができたのですか。 そうなんです。今、とても興味があるのは、親への発信です。子どもの力を伸ばすためにはいろんな方法があるけれど、子どもを変えるためには親のマインドセットを変えることも欠かせません。大学院で学ぶうちに、効果のあるアプローチが科学的にわかっているのに、それがほとんど知られていないことがすごくもったいないと思うようになりました。専門的な知識を私の言葉で、子育ての文脈で、日本の人たちに伝えていきたくて、動画制作などビジネスとしてできることも模索しています。 子どもが失敗できる環境をつくって、努力のプロセスに焦点を当ててあげれば、子どもの力はちゃんと伸びます。これは10年前のビリギャルの本でも伝えたかったことですが、めちゃくちゃ重要なビハインドメッセージ(隠れたメッセージ)として、私の中にずっとある思いです。 ――先ほどの「大学で一番デカいビジョン」は、その辺りにつながってくるのでしょうか。 それはもっと大きい話になりますね(笑)。中国は受験競争が日本以上に厳しくて、アメリカで出会った中国の学生たちは、過酷な自国の受験戦争からアイビーリーグ(アメリカの名門私立8大学)に逃げてきたような人も少なくありません。ニューヨークでは、「ビリギャルだ。サインして」と中国人に声をかけられることがすごく多いし、中国のSNSでアカウントを作ったら、あっという間にフォロワーが11万人まで増えました。 私の経験がいかに共感を呼んでいるのかを知って驚きました。そのほか、韓国の受験戦争もよく知られていますよね。 だから私は、日本の子どもや親だけでなく、東アジアの子どもたちの自尊心や幸せを感じられる力「ウェルビーイング」を向上させたいんです。つまり子どもたちが自尊心や幸せを感じて、自立し成長できる社会を実現したい。友達にもこういう夢を語って、「ワオ、あなたは世界を変えるね」って言われています(笑)。 ――世界レベルで考えているわけですね。アメリカでは「ビリ」の概念がないとのことでしたが、小林さんは「ビリギャル」の今後のあり方をどう考えていますか。 過去の私は、他者が決めた指標で、他者と比較した順位での「ビリ」と呼ばれていました。そういう意味での「ビリギャル」は、今後はもうなくなっていいと思います。「ギャル」はいいけど、日本でいう「ビリ」っていう概念はもうなくなってもいいんじゃないかなって。 私はアメリカの大学院に来て、また自ら「ビリ」になりに来たみたいなもんなんだけど、これってもはや誇らしいことだと思っていて。だってこれ、新しいことに挑戦した証しじゃないですか。こういう自分史上のビリは悪いことじゃないと思います。そこには伸びしろしかないんだから。 ――10年前のビリギャルからだいぶ変わりましたね。 これからもっと変わりたいですね。子どもや若い人が「大人になるって楽しいんだな」と思える社会にしていきたいから、私は自分の人生を楽しむ姿をこれからもずっと後輩たちに見せていきたい。ビリギャルの最終的な目標は、挑戦し続けるおばあちゃんになることです。 〈プロフィル〉 小林さやか(こばやし・さやか)/1988年、名古屋市生まれ。中学・高校でビリを経験。素行不良で何度も停学になり、高校2年生のときの学力は小学4年生のレベルで偏差値は30弱だったが、塾講師の坪田信貴氏との出会いを機に大学受験を目指す。その結果、1年半で偏差値を40上げて慶應義塾大学に現役合格を果たした。その経緯を描いた坪田氏の著書『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』は120万部を超えるミリオンセラーとなり、映画化もされた。大学卒業後はウェディングプランナーの仕事に従事した後、「ビリギャル」本人として講演や執筆活動を行う。2021年、聖心女子大学大学院文学研究科人間科学専攻教育研究領域博士前期課程修了。22年9月より米国コロンビア大学教育大学院に留学中。近著に『ビリギャルが、またビリになった日 ─勉強が大嫌いだった私が、34歳で米国名門大学院に行くまで─』(講談社)がある。
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