自民で検討「厚生労働省の分割案」とは? 坂東太郎のよく分かる時事用語
なぜいま議論が再び浮上?
行革本部の指摘は、2001年の中央省庁再編で厚労省は所掌範囲が広くなりすぎて機動性を損なったというもの。期待された統合による「相乗効果」も疑問視しました。 確かに厚労省の“守備範囲”は広い。社会保障制度のうち、「社会保険」の医療・年金・介護(旧厚生)と、雇用・労災(旧労働)の5つすべてを担います。「社会福祉」(児童・高齢者・障害者など)や「公的扶助」(生活保護)、「公衆衛生」(結核など感染症の予防・精神衛生など)も受け持つのです。さらに医師・歯科医師・看護師の国家試験、医薬品や食品の安全などが旧厚生系で、労基署や公共職業安定所、人材開発・雇用環境の整備、子どもや家庭の支援といった旧労働系が林立し、大変な、しかも国民生活に直結する仕事ばかりを抱えています。 行革本部はまた、厚労相の国会対応や業務量が極めて多いことも懸念しています。この点は、小泉小委員会も2015年通常国会で厚労相の国会答弁が3000回にも上り突出して多いと指摘しました。法案の提出が多いのも大きな理由でしょう。大臣1人では対応できない恐れが強まってきたのです。 なぜ「今」なのかについては、省庁再編から20年近く経って社会保障の重要度が飛躍的に高まったという社会の変化も考慮すべきとしています。一般会計に占める社会保障費は30兆円を超えて更に増える一方と予測され、少子化対策も有効な手立てが講じられているとはいえない状況です。
どんなメリット・デメリットが考えられる?
仮に小泉小委員会が示したような公的保険・子ども子育て・雇用や女性の社会進出の3つに分割すれば大臣も3人となり、専門性が高まるというのが大きな利点とみられます。国会答弁の負担も減るでしょう。 一方で分割は、「相乗効果」を諦めることになりかねません。現在は「厚労」の枠組みでくくられる高齢者の雇用と年金保険、生活保護と就労支援、育児・介護休業法と介護保険、児童福祉や高齢者福祉といったジャンルは密接に関わっており、役所を分けてしまったら幼保一元化論議でみられた文科省との「縦割り行政」の弊害を新たに生じかねないのです。 小泉小委員会は厚労省の職員数が業務量に比べて少ないと指摘しています。このままで分割しても仕事量が減るわけではありません。むしろ新たに大臣官房などを創設しなければならないでしょう。職員を増やせという議論をしないと、この問題は解消しようもないのですが、行政改革の名の下で可能なのでしょうか。 2001年再編の際は想定できなかった事態に遭遇しているのか、というのも是非が分かれるところです。なるほど、その通りだという意見がある反面、当時から少なくとも高齢化の進行は分かっていたという反論もできます。予測が難しい未来のうち、人口推計だけは割合と明確ですから。少子化にしても、子育て支援を具体的に取り組んだ「エンゼルプラン」が計画されたのが1994年。十分に想定できたともいえましょう。 社会保障費が巨大化したから分割するといっても、給付費の大半が年金と医療という現実を踏まえると、この2つの保険を一緒に扱う新省ができたら「巨大」な予算がそのまま移行するだけです。といって分離したらしたで、不安が募ります。年金は65歳以上に支給され、医療費の多くも高齢世代が占めているからです。年を取れば病気になりやすいのは当然で、病医院にもかかる割合が増えます。同時に体力・気力が細って年金に頼るしかない方が増えるのもしごく当たり前。このバランスを、別々の省になって取れるのか。さまざまな課題が山積しています。
--------------------------------- ■坂東太郎(ばんどう・たろう) 毎日新聞記者などを経て、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など