【アジア杯分析第3回】久保建英を下げたサッカー日本代表が失ったもの。スペイン人指導者がイラン戦を分析。右サイドに起きた問題
日本代表はAFCアジアカップカタール2023準々決勝でイラン代表に敗れ、ベスト8という結果に終わった。優勝候補と謳われながら、準々決勝で姿を消すことになった原因はどこにあるのか。1-2で敗れたイラン代表戦をスペイン人指導者アレックス・ラレアが分析する。(取材・文:川原宏樹)
●大会を通じて露呈した課題「本来の力を出し切れないまま…」 UEFA PROライセンス保持者のアレックス・ラレアはグループステージの戦いぶりを見て、「サイドバックのポジショニングが修正点」と指摘していたが、決勝トーナメントに入ってからの戦いぶりをどのように分析したのだろうか。また、この大会を通して浮かび上がった日本代表の課題についても言及した。 日本代表の今大会総括について話す前に、「本来の力を出しきれないまま敗退してしまったのはすごく惜しい」と、ノックアウトステージに入ってからの戦いぶりを振り返った。 「(ラウンド16の)バーレーン戦で日本代表はボールを支配しながら試合を進めることができており、明るい兆しが見えていました。しかし、(準々決勝の)イラン戦ではグループステージで露呈した問題と同じような問題が発生していました。前回は、サイドバックのポジショニングとチームとしての横幅の使い方が重要になるという話をしました。ですが、イラン戦ではグループステージと同様にそれがうまくできていませんでした」 イラン戦では戦術的にサイドバックのポジショニングがスムーズな攻撃を妨げたと指摘。それは特に右サイドで見られた現象だと詳しく説明を加えた。 ●苦戦した戦術的理由「危険回避の意識が強くなってしまった」 「左サイドではウイングの位置で前田大然が先発しました。そして、後半途中からは三笘薫が出場しましたが、いずれにしても右サイドよりスムーズな攻撃が展開できていました。中央の久保建英や右の堂安律が寄ってきて、コンビネーションをうまく使ってボールを動かせていました。こういった状況のときに、逆サイドでサイドバックを務めていた毎熊晟矢がどこまで前に出ていけるかというのが、両サイドをワイドに使った攻撃の展開という意味では重要なポイントになります。ですが、イラン戦では思うように高い位置取りができていなかった印象です」 インドネシア戦、バーレーン戦に続いて先発した毎熊だったが、イラン戦では思い切ったオーバーラップは前の2戦に比べると少なくなっていた。右サイドの高い位置で思うようにポジショニングできなかった理由をアレックスが分析した。 「理由のひとつに、ディフェンスラインの不安定さが影響しているように思います。日本代表の守備はグループステージから安定性を欠いてきました。加えて、イランはこれまでよりも圧力があったため、警戒心が高まって危険回避の意識が強くなってしまったのではないでしょうか。さらに、イランには比較的スピードに長けた選手がいて、その選手は毎熊のサイドにいました。その選手に引っ張られる形になってしまい、高いポジショニングが難しくなり後ろ向きな姿勢となっていました」 右サイドの高い位置でポジショニングができなかったことは、「前線でのボールの動き方に対して自ら制限をかけてしまった」と解説した。右サイドに関していえば、緊急事態により本来とは異なる選手を起用せざるを得なかったのかもしれない。それでもサイドバックには出場している選手の「特長を生かすようなポジショニングが求められる」と説いた。 グループステージでの戦いぶりから、ロングボールへの対応が懸念されていた。イラン戦では予想どおりに最終ラインへ送り込まれるロングボールに苦しむ姿を見せた。そういったゲーム展開について、アレックスは見解を示した。 ●問題はロングボール対応だけではない 「イラン戦に関しては、グループステージで日本代表がやられてしまった戦術とは状況が異なります。イランのほうがシュート数も多く、日本代表は押し込まれてしまう時間が長かった。それはロングボールの対応がうまくいかなかったという問題だけではありません」 イラン戦での敗因として、ロングボールの対応よりも気にかかる点があると主張。ディフェンスラインだけでなく、選手全員の対応に関する分析を説明した。 「特に守備面において、日本代表の選手らはリアクションスピードというか、反応速度が遅かったように感じています。次のプレーへの対応が後手に回っていました。もちろん、先にアクションを起こす攻撃側のほうが決断が早くなるのは当然のことなのですが、それを差し引いても日本代表の選手の反応は全体的に遅く感じられました。その結果、イランの好きなようにプレーさせる状況が増えて、結局は抑えられていませんでした」 リアクションスピードの遅さを敗因のひとつに挙げたが、守備面におけるもうひとつのポイントとしてデュエルについても指摘する。 「日本代表は重要な局面におけるデュエルの勝率が低かったように思います。イラン戦での守田英正は、中盤ラインと守備ラインの間をうまくコントロールしながら安定的なプレーを見せていました。また、遠藤航とともに守備面での改善を働きかけていたように見えました。ですが、試合展開を左右する重要な局面におけるデュエルはイランのほうが勝率が高かったため、結果として圧倒されてしまったような印象になったのだと思います」 イラン戦で押し込まれた理由はロングボールの対応だけではなく、リアクションスピードやデュエルといった選手個々のパフォーマンスが影響したと分析した。 ●サッカー日本代表の交代には「疑問を感じざるを得ません」 悪い展開の試合を好転させる方法のひとつとして、選手交代という采配がある。その交代策や選手起用について、普段のアレックスは語りたがらない。なぜなら、「コンディションなどの選手が持つ個々の事情は外部からは知りようがありません。それは内部の監督やスタッフが最も把握していることで、状態や事情を知り得ない外部の私には語るべき情報が少なく難しい」と理由を説明する。そのことから交代策に関する分析をできるだけ避けてきたアレックスだが、今回のイラン戦における交代策に関してはもの申すと語気を強めた。 「個人的な意見ですが、トーナメント制のような一発勝負、ひとつの試合で勝ち上がりと敗退が決する大事な大会での試合において、チームにとって最も重要な選手を代えるのは得策とは思えません。イラン戦では久保の交代です。その試合での彼はかなりいいパフォーマンスを見せていました。そもそも彼は、ピッチ上でアグレッシブかつエネルギッシュにチームメートを鼓舞して力を与えられる能力を持った選手だと思っています」 「交代出場した南野拓実や三笘も高い能力を持つ素晴らしい選手なのは間違いありませんが、淡々とタスクを遂行する仕事人タイプというか、職人気質のようなものが強く、勝利への情熱や願望を周囲の選手へ伝染させるような役割を担える選手ではないように見えます。負ければ後がない試合で同点に追いつかれた状況で、勝利へのモチベーションをチームメートに伝染させられる貴重な存在の選手を下げてしまったことへは疑問を感じざるを得ません」 イラン戦では55分に同点に追いつかれた。仮にアレックスが監督だった場合に、交代策も含めどのような対応をするのか聞いてみた。 ●なぜ三笘薫は封じられたのか。「三笘薫の起用は賛成。ただ…」 「試合のどこかで三笘を起用することには賛成です。ただ、それよりも手を加えるべきポイントがありました。ひとつは板倉滉です。彼は前半にイエローカードをもらっていました。それは際どい局面のリアクションでブレーキをかけてしまうことにつながります。そもそもこの試合での出来は決してよくはありませんでした。それを踏まえると、最初に交代すべきは板倉だったと思います。たとえば、グループステージでも出場していた町田浩樹は、起用を迷うほど負い目のあるプレーはひとつもありませんでした」 まずはセンターバックのテコ入れが最優先と力説し、続けて次なる手について語り始めた。 「先にも解説しましたが、日本代表は右サイドを広く使えていませんでした。特に三笘が出場してからの左サイドは、彼がボールを持つと相手は3人も寄せてくるという状況になっていて、イランがすごく警戒していたことがわかります。それには日本代表には左サイドに質の高い選手がいるなか、右サイドは広く大きく使わないという予測と理解の基で、イランの選手は思い切ったカバーリングへ向かい狭いスペースをつくり上げて日本代表がプレーしづらい状況を生み出していました」 主に攻撃面での改善策として、右サイドをピックアップ。続けて、その具体策を示した。 「あのときに起用された南野拓実は内側に入ることで能力を発揮します。その南野のように今の日本代表には中央へ入っていって力を発揮するタイプの選手が多いのは明白です。彼らの高品質なポテンシャルを発揮させるためには、とにかくピッチを横に広く使って中央のスペースを確保しなければなりません。イラン戦では右サイドにスペースが空きがちで、そのスペースをうまく使える選手がいませんでした。同点後の状況を考慮すると、より攻撃的な菅原由勢の起用が考えられたと思います」 イラン戦における交代策の具体案を論じたアレックスは、「チームの強みを生かすことにフォーカスすることが最善だったのではないか」と提言。質の高い前線の選手がどうすれば生きるのかを考えて采配することで、日本代表はイランに勝つことができたのではないかと思案している。 次回はアジアカップでの戦いをとおして浮き彫りになった日本代表の課題について分析。その解決策についても提示する。 (取材・文:川原宏樹)
フットボールチャンネル